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吾亦紅
1 :
Q
2025/09/23 23:42:21
ID:zLt04BrwPE
その日は、戴冠を祝福するためかと思わせるほど、陽射しも穏やかで暖かかった。
秋風が吹き、走るも観るも心地よい、そんなレース日和の空気の中での、今年最後の「女王」を決める戦い。
京都レース場で催された、エリザベス女王杯。
わずか二分と少々、その短い時間の中、子どもが親を呼ぶ声が掻き消える大歓声が飛び交う。
やがて、トリプルティアラ路線で戴けずとも、常に華々しい人気に彩られたウマ娘が、晴れて悲願の戴冠となった。
自分を降し続けたライバルである、同期のトリプルティアラ戴冠者とのハナ差決着という結果もさることながら、最終直線の二人の鋭い追い比べは美しく、そして力強く、気高ささえ感じさせ、観る者すべての視線を、ターフ上に釘付けにしていたのだ。
喝采の嵐が怒涛のように京都レース場内に溢れていた。
ティアラ路線に憧れるウマ娘達も例に漏れず、その激闘を見届けた直後、興奮冷めやらぬ様相だった。
「……す、すごかったねー! スティルさんがこのまま持っていくかと思ったけど、アルヴさんの気高さと意地が光ったっていうか!」
「やっぱり! 秋になってから、どんどんアルヴ様の凄味増したっていうか?」
「わかりみー。 でもそれを言うと、今日のスティルさん、トリプルティアラのときの激やば怖すぎなの、今日はなかったって感じじゃない?」
口々に黄色い声でレースの主役を語る私服のウマ娘達とは対照的に、落ち着きと興奮を混ぜ合わせて、瞳に強い光を煌めかせた別のウマ娘達が、レース後のターフを歩く主役達を拍手で見送っていた。
府中のトレセン学園に通う者だと一目でわかる制服を着ている事から、レース観戦への心構えをのぞかせている。
2 :
Q
2025/09/23 23:43:41
ID:zLt04BrwPE
「はぁ……ラヴい、素敵なレースだったね~。私もいつか幼馴染と、大舞台で走らないと!」
「……吾亦紅」
口から何か漏れ出たのを、隣で決意を口にしていた緋色の耳が反応したようだった。
「どうしたの? ブーケちゃん」
「いえ……ふと、スティルさんの勝負服のお色を見ていて、ちょうどお世話をしていた花の中で、先日咲き終わったものを思い出しましたので……」
「ワレモコウ?」
「はい」
ブーケと呼ばれた少女は、歓声と紙吹雪が舞うレース後のターフから視線を外さず、相槌を返す。
その視線を追えば、レース後に胸を押さえて怪訝な表情で俯いている、今日のG1レースの主役の一人――――スティルインラブの姿があった。
勝負服を彩る、真紅と水色のビビッドなコントラストが、赤を一層引き立たせて目立たせる。
彼女のか細いシルエットとの対比もあって、艶やかな中に不安定さを感じさせるほどに。
3 :
Q
2025/09/23 23:45:22
ID:zLt04BrwPE
「えーっと……スティルさんはもう咲き終わってイマイチ? 的な意味なのかな?」
先ほどの隣で観戦していたグループが言っていた事も、ウマ娘の耳で聞こえていないわけがない。
ただ似たような感想を少し抱いたが故に、なおのこと緋色の耳が目立つウマ娘は、どうしても引っかかってしまっていた。
「えっ? い、いえ、そういうつもりでは……」
鹿毛色の尻尾が動揺し、手と首も振って誤解を解きながらも、拍手も収まっていく場内で、息を入れ直した。
「つもりはなかった、のですが……秋華賞のような、艶やかで畏ろしい色を感じる、そんな走りが見られなかったのは、まるで花が一旦咲き終えたかのように感じてしまったのかもしれません……クロノさんが合流したら、細かい違いやご見解なども、お教え頂けるかもしれないですね」
レース研究の巧者は、このレース場のどこかに居る筈だが、はぐれてしまった。
おそらく撮影や記録に最適な場所を知っていて、そこで撮影写真の整理や、レースのフィードバックとしてのメモをしている頃だろう。
彼女がそういう性分である事を、二人ともよく知っていた。
4 :
Q
2025/09/23 23:46:14
ID:zLt04BrwPE
「う~ん……私は、この前の秋華賞のときも、今日のようなのも、スティルさんのレースはどっちも、どれも好きだなって思う。 ずっと、ラヴのために走っているように見えたかな~」
目下のサークルでは、新たな女王が取材陣に囲まれている。
ヒトから向けられる無制限の祝福と愛に戸惑いつつも忙しそうだ。
先ほど目で追っていたスティルインラブも、他のレース参加者ともども地下バ道に消えてしまっていた。
「愛、ですか」
殊更に「愛」「ラヴ」と口にしては、ウマ娘の、人の在り様を愛として表現する。
その特有のセンスについて、鹿毛の少女は素敵な事だと感じている。
相槌を打たれた緋色の尻尾が嬉しそうに跳ね、手でハートマークを作りながら目を煌めかせて食い気味な反応を覗かせた。
「そう! きっと、多分なんだけどね。 レース後の目線とか見てると、いつもトレーナーさんのためとかなんじゃないかなって~」
「まぁ。 それは……とても素敵な関係ですね」
5 :
Q
2025/09/23 23:46:59
ID:zLt04BrwPE
トレーナーは、ウマ娘を全力で支える。
トレセン学園に所属するウマ娘自体に明文化されたり約束される事ではないが、不文律的に誰もが理解している事だ。
契約したトレーナーのほとんどがウマ娘のためにひたむきである事は一目瞭然であるし、ヒトによっては担当ウマ娘のために命すら投げ出す覚悟がある方も居ると聞く。
だからこそ、契約したウマ娘は全力でそのバ生をレースに向けて進めるのだろう。
愛や花を語る彼女達は、まだそんな契約したくなるようなトレーナーと出会えてはいないが、やはりその出会いをいつかと待ち望んでいる。
もし、契約したトレーナーに対して全幅の信頼や愛情を抱いて、そのために、トレーナーに報いるために走る事ができるとしたら、どうだろうか?
緋色の毛が眩しいウマ娘などは、ラヴいと評するだろうし、私が草花に例えるのであれば、コンパニオンプランツのようなものだろうか、と鹿毛の少女も考えていた。
しかし、彼女の尻尾は何かに引っかかる、薄靄のような違和感を払いきれない。
ただ、愛である事そのものは否定するものではないのだろう、振り払うように言葉を返す。
6 :
Q
2025/09/23 23:48:04
ID:zLt04BrwPE
「先ほど、吾亦紅という花の名前を出しましたが……花言葉には、愛慕というものがあるんですよ」
「わ、愛。 それはステキね! ブーケちゃん、やっぱり私と同じラヴを感じてたんじゃない~?」
「いえ、そんな……でも、もしそれを感じられて声に出ていたのでしたら、素敵な事だと思います」
レース場の案内放送が、最終レースと、その後のウイニングライブの予定時間について伝えている。
最終第12レース、その案内を聞いた事で、先ほど口に出していたレース研究家の方はまだ観戦にご執心で、これはしばらく合流できないかも、と言葉もなく意見が一致したであろうことに、二人は見合わせて自然に笑ってしまっていた。
「ふふ。 私、飲み物買ってくるね。 ブーケちゃんは、ホットはちみーで良かった?」
「はい、ありがとうございます」
謝意で頭を下げるのを尻目に軽く了解のジェスチャーを取ると、レース場の建屋の中に鼻歌まじりで上機嫌な緋色の尻尾が消えていく。
周囲は、新女王へのインタビューやセレモニーも終わり、目立つイベントはウイニングライブまで無いため、観客席の影はいくばくか減るとともに、静けさを取り戻していた。
あらためてブーケと呼ばれた少女は、一人になった静かな時間に、この秋に咲き誇った花と、愛のためと友人が漏らした感想を反芻するかのように、またポツりと呟く。
7 :
Q
2025/09/23 23:49:18
ID:zLt04BrwPE
「吾亦紅……」
花言葉は愛慕。そして、変化、移ろう日々、といった意味もある。
この花は宿根草だ。
目に見えた花が枯れ落ちたからといって、その草花自体が完全に枯れた訳ではなく、根は生き続ける。
一度花を咲き終えたからといって、枯れきったわけではなく、眠っているのだ。
眠れる冬を忘れればまた――――来年の夏から秋には、吸い込まれる程に妖艶な形をした、深紅色の花がまた咲き誇るかもしれない。
深紅色の花――――スティルインラブ、史上二人目のトリプルティアラのウマ娘。
観る者も畏れ慄く、心無い人は「バケモノ」とすら称した強烈な走りで三つのティアラを戴いた女傑。
ただ、普段の彼女にはその気迫は一切感じず、むしろ存在が薄く、どこに居るかわからない、誰だっけ? とすら、先輩達は語っていた事もある。
あまりに乖離した二面性がある話に、花言葉の「変化」のような、とても奇妙な色を感じる。
彼女のトレーナーは、彼女と今日のレースをどう受け取っているのだろうか。
――――引っかかっていたのはここかもしれない。
8 :
Q
2025/09/23 23:50:20
ID:zLt04BrwPE
ウマ娘のために、トレーナーは全力で支える――――それはともに助け高め合う、共生という形の愛なのだろうか?
支えるのではなく、捧げるようになってしまえば、それは肥料や宿主といった「養分」とも言えてしまうのではないか。
ウマ娘がレースで華々しく走る――――花咲くことを、トレーナー自身が望むのであれば、その花のためにすべて捧げてしまうのではないか。
そして件の彼女が一度、トリプルティアラという栄誉を得て、咲き誇りを一旦終えていたとしよう。
それでも、トレーナーへの愛のために再び花を咲かせる――――レースに畏れる程の力をもって臨む事自体が愛なのであれば、それに必要なのはこれまでと同等、あるいはそれ以上のエネルギーが必要になるだろう。
その咲くための在り様は共生ではなく、共依存。あるいは、まるでヤドリギのような――――
9 :
Q
2025/09/23 23:51:58
ID:zLt04BrwPE
レース場に、秋の終わりを告げるかのような一陣の強い風が吹き荒び、ターフの色調をたなびかせた。
陽が傾いた空は、雲もあって光を散乱したのか、いやに紅い光を放っている。
今日は十一月にしては暖かい日であった筈だが、陰る陽の光と冬の訪れを感じさせる風が原因か、こびりつくような身体の芯に至る冷えを随分と感じる。
「そういえば、あの鉢……元気にするために植え替えないと……また、花を咲かせるために」
小さく身震いをして、両腕で身体を抱いて温めながら、
鹿毛の少女は、枯れ茎と根だけになった吾亦紅を、そっと思い浮かべていた。
10 :
Q
2025/09/23 23:55:50
ID:zLt04BrwPE
以上、ティアラ路線のメインストーリーとスティルインラブの物語に脳を焼かれたあと、
Xで2019年牝馬チームがスティルに言及する漫画を見て、いつのまにか出来たSSです。
ご査収ください。
はやくカレンブーケドール実装しテ!
吾亦紅という花は、書いた通りの生態です。面白い花ですよね。
画像調べてみたらわかりますが、すげー色してるや。
11 :
お前
2025/09/24 00:02:02
ID:0YN2IXLPiw
吾亦紅=翻訳=私も赤い
12 :
トレぴっぴ
2025/09/24 08:55:10
ID:Njo/MwFhe.
よく書いた
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