ダンナの部屋に花火を観に行くイナリワン
1 : トレ公   2025/07/14 22:01:08 ID:83lpt9Wbuo
 ダンナの部屋から花火が見えるらしい。
 ダンナは嬉しそうに語った。昨年までの打ち上げ場所から変わったおかげで、ベランダからバッチリ見えるはずだと。
「今週末の花火大会、俺の部屋から眺めないか?」
 こういう誘いってのは、普通なら下心が見えるもんなんだが、ダンナからはそういうのが感じられねえ。
 純粋に、あたしが花火好きってだけで誘ってくれている。
 誘ってくれるのは嬉しいんだがなあ……と少し複雑な気持ちになっちまう。
 だけどまあ、せっかく誘ってくれたんだ。粋に乗ってやらねえと、ウマ娘がすたるってもんよ。
「おう!でっけえ花火が見られるってんなら、宴の用意もしないとな!」
「ああ!寿司やら飲み物やら買い込んで、楽しくやろう!」
 そういうわけで、週末はダンナの部屋で、花火鑑賞としゃれこむことになったわけでい。
2 : トレーナー君   2025/07/14 22:06:16 ID:83lpt9Wbuo
 勉強、トレーニング、公式レースに向けた準備。あれよあれよとしているうちに金曜日。
 花火大会に向けての準備のために、放課後にダンナと大井の商店街に出かける。
 ダンナはもうすっかりあたしのことを分かっていて、あたしがひいきにしている店が分かっている。
 寿司屋、酒屋、スーパー、と回って、うまそうなものをどんどん買い揃えていく。買ったものは、明日の夜のためにダンナの部屋の冷蔵庫に入れる手はずだ。
「おう!イナリちゃん!今日もダンナさんとお出かけかい?お熱いねえ!いなり寿司おまけしとくよ!」
「あらイナリちゃん。最近はずっとダンナさんと一緒ねえ。仲良しで何よりだわ」
「あっ、イナリの姉さん!それにダンナさん!お疲れ様です!またレース場に顔出してください!ダンナさんの指導を受けたいって子がたくさんいて……へへっ、そんな顔しないでくださいって、誰もダンナさんを取ったりしませんよ、姉さん!」
 てやんでい、どいつもこいつも、ダンナと一緒に歩いているだけでからかってきやがる。
3 : トレーナーさま   2025/07/14 22:06:37 ID:FkDmw5LNVY
ちくわ大明神
4 : アナタ   2025/07/14 22:09:54 ID:83lpt9Wbuo
 悪い気はしないんだが、ダンナはどう思ってるんだろうか。
 ダンナは、いやいやと言いながら照れくさそうに手を振るだけだが、本当は迷惑に感じてるんじゃねえだろうか。
 あたしは、ダンナが好きだ。
 トゥインクルシリーズで一緒に重荷を背負ってくれたことはもちろん、どこまでもあたしに良くしてくれる所や、周りに流されているように見えて、実際は強い意志で良い方向に行こうとする所が。
 ……そして、あたしと一緒に居たいってだけで、出世する機会を蹴るような馬鹿な所が。あの時海外にいけば、いくらでも上を目指せただろうに。
 今までずっと、相棒の距離で過ごしていたせいか、この想いが空振って、何もかもぶち壊しにしちまうんじゃねえかと思うと、ちっとばかし怖くなっちまう。
5 : お前   2025/07/14 22:13:43 ID:83lpt9Wbuo
「ダンナ、袋が両手いっぱいじゃねえか。重いだろ?いくらか持ってやるぜ」
「平気さ。こういう時ぐらい、頼りがいのあるところを見せたいからな」
 そう言うダンナの手は、一歩歩くごとに震えている。無理しやがって。
「てやんでい!あたしはウマ娘だぜ?ダンナよりも力があるんだから、素直に頼りなって」
「それでも、せっかく出かけてるんだからさ。女の子に持たせたくないってのが、男心ってやつさ」 
 育ちがいいんだなあ、と思う。思えば、出会って間もない頃から、ダンナはあたしに気を使ってたっけ。
 ダンナの手から、ビニール袋をいくつかひったくる。
 ビニールの取っ手が手に食い込む。あたしにとっては軽いもんだが、ダンナは重たかっただろうに。
「なあダンナ、荷物があるなら一緒に持とうぜ。なんたって、あたしたちは――」
「一心同体の相棒、だろ?」
「その通りだぜ!」
 もし、相棒の先の関係になりたいって言ったら、ダンナはどう思うだろうか。
6 : ダンナ   2025/07/14 22:17:23 ID:83lpt9Wbuo
 土曜の夜。
 雨がザーザーと降っている。天気予報でも予測できなかった、急な大雨だ。
 もちろん、花火大会は中止。
 けど、あたしは外泊届を出して、ダンナのマンションに向かっていた。
 寮を出る前の電話では、ダンナに止められた。
「なあ、イナリ。花火が中止になったんだから……」
「てやんでい!買い込んだご馳走がもったいねえだろうが。花より団子、花火よりご馳走が楽しみなんでい。今から行くからな!」
 本当は、ダンナのそばに居たかったからだ。
 花火鑑賞に誘ってくれた時の、宝物を見つけた時のようなダンナの笑顔のことを考えると、こんなことになってどれだけ落ち込んでいるか。
7 : 相棒   2025/07/14 22:21:21 ID:83lpt9Wbuo
 インターホンをならして数秒。
 玄関のドアが開くと、ダンナの驚いた顔が現れた。
「ずぶ濡れじゃないか!」
「心配すんなって、ちょいと横雨を食らっただけでい」
 駅から全力で走って来たのがまずかった。
 ビニール傘はすぐに骨が折れちまったし、もろに雨を食らったせいで濡れ鼠になっちまった。
「すぐに風呂を沸かすから」
 そう言って、ダンナは風呂場に向かう。
 あたしも後を追って、中に入る。 
 風呂場の前の洗濯機に、脱いだ制服をぽいぽい投げ込んでると、風呂場から出て来たダンナが「ぎゃっ!」と叫んで、目を覆いながらリビングに走っていく。
「服はこっちで用意しておくから!」
「おう、分かったぜ!」、
 お化けを見たような声を出されちゃ、ちょいとへこむんだがなあ。 
8 : 貴方   2025/07/14 22:23:37 ID:83lpt9Wbuo
 ひとっ風呂浴びて風呂場を出ると、回っている洗濯機の上にダンナのパジャマが置かれていた。
 長袖でぶかぶかだったが、袖と裾をまくって、腰紐を縛れば着ることができた。
 袖に鼻を近づけると、ダンナの匂いがした。
 袖だけじゃなく、ぶかぶかのパジャマのどこからでもダンナの匂いがした。
 身体全部がダンナに包まれているようで、嬉しい気持ちが沸いてくる。
9 : キミ   2025/07/14 22:27:35 ID:83lpt9Wbuo
 リビングに行くと、テーブルにご馳走を並べて、ダンナが待っていた。 
 ぶかぶかのパジャマを着ているあたしを見て、申し訳なさそうに言う。
「それしか無かったんだ、ごめん」
「よしてくんな。無理に来たのはあたしなんだからよ」
 ダンナの匂いに包まれて安心する、とまでは言えなかった。
 ご馳走は最高だった。
 寿司を食べながら、熱いお茶をずずいと飲むと、身体の底から力が沸き出てきやがる。
 それに加えて、でっかい唐揚げやら、さっぱりしたぬか漬けやら、いろんな揚げ物の盛り合わせやら、うまそうと思っただけで買った品々がテーブルに並んでいるのは、景気が良くていい気分だ。
 けど、ダンナはビールが入ったコップを手に、雨が降りしきる窓の外を、ぼんやり眺めていた。
 ダンナは酒に弱い。缶ビール一本飲むか飲まないかで、気が抜けたようになっちまっていた。
10 : 貴方   2025/07/14 22:31:08 ID:83lpt9Wbuo
「花火、残念だったな」
「ああ……」
 あたしが話しかけると、ダンナは曖昧に頷く、かなりがっくりきているみてえだ。
「そんなに楽しみだったのかい?目の前で花火を見るのが」
「イナリが喜ぶ顔が見たくて……」  
「え?」
「目の前で、どでかい花火が上がったら、イナリは喜ぶだろうなって……」
 なんでい、最初からあたしのためだったってのかい。
 誘った時のはしゃぎようも、こんなご馳走を買い揃えたのも、全部あたしのためだったのかい。
 胸の奥から、熱いものがカッカと燃え上がってくる。
「……なあ、ダンナ」
 席を立って、ダンナの傍に行く。行儀が悪いが、一世一代の時くらいは見逃してくれよ。
 ダンナのすぐ横に立って、ぼんやりしたダンナの目を覗き込む。
11 : トレ公   2025/07/14 22:36:16 ID:83lpt9Wbuo
「あたしは、ダンナが好きだぜ」
「ありがとう」
「てやんでい、一人の女として好きなんでい」
「……」
「ダンナはどうだい?」
 本当は、もっといい言い方があるんだろうな。それでもあたしは、真っ正面からぶつかることしかできねえ。
 ダンナは、もう酔っていなかった。
 はっきりした目で、あたしを見つめ返す。
「……俺は、トレーナーとして」
「ダンナの気持ちはどうなんでい」
「……イナリが好きだ。けど……」
 その言葉だけで十分だった。
12 : お姉ちゃん   2025/07/14 22:38:45 ID:83lpt9Wbuo
 ダンナの腕を掴んで、ソファまで引きずっていく。
 ダンナは驚いた顔をしていたが、なすがままだ。
 たとえ抵抗されても、ウマ娘の力なら赤子の手をひねるようなもんだが。
 ソファにダンナの身体を寝かせて、上に乗っかって押さえつける。
 体格の差があるから、ダンナが暴れればどうにでもなるんだが、ダンナは何もしない。
「なあ、ダンナ」
「なんだ?」
「花火が上がるまで、付き合ってくれねえかい?」
13 : トレぴっぴ   2025/07/14 22:41:55 ID:83lpt9Wbuo
 ダンナは何も言わずに、こくりと頷く。
 今夜は花火が上がらない、なんて野暮なことは言いっこなし。
 ダンナが分かってくれているのが嬉しくて、背筋がぞくぞくしてきやがる。
 尻尾をダンナの足に巻き付けると、ダンナは背中に手を回してきた。
 受け入れてくれるってわけだな、あたしを。
 嬉しくて、口元がにやけてしまう。
 ダンナに言った通りだ。 
 花より団子、花火よりご馳走。
 こんなご馳走を目の前にして、笑わないわけがない。
 最高のご馳走を頂くために、背中に回った手に引き寄せられるがまま、あたしは身体をソファに沈めていった。
14 : トレーナーちゃん   2025/07/14 22:43:50 ID:83lpt9Wbuo
「おう、イナリ。花火は残念だったなあ」
 休日明けに、タマモクロスはそう言った。
「誰が見てもウキウキしとったからな、落ちこんでるんやないかと心配やったで」
 イナリワンは威勢よく返す。
「てやんでい!美味いものをたらふく食べたからよ、元気一杯でい!」
「へっ、その調子なら大丈夫そうやな」 
「おうよ!それに、花火はきっちり上がったからよ!」
15 : お前   2025/07/14 22:46:59 ID:83lpt9Wbuo
 タマモクロスはきょとんとする。
「はあ?花火大会は中止だったはずやろ」
「あたしとダンナで……まあ、ダンナが上げたんだけどな」
「……?どういうことや?」
「っと、ダンナを待たせちまってるな。もう行くぜ」
「あ、ああ」 
 イナリワンが去った後、タマモクロスは首をひねる。
「ベランダで線香花火でもやったんかな?」
 視線の先で、心なしかやつれたようなイナリトレと、肌がツヤツヤなイナリワンが親しげに話しているのを見て、タマモクロスはそう推測するのだった。
16 : マスター   2025/07/14 22:47:34 ID:83lpt9Wbuo
【終わり】
 

17 : 貴様   2025/07/14 23:02:07 ID:SyJfxvusdA
てやんでぃ
18 : お前   2025/07/14 23:04:30 ID:tT/SdAAmAA
ダンナの打ち上げ花火・・・(隠語)
19 : 相棒   2025/07/15 19:09:29 ID:jP/2joKuaE
コンコンしたんか!?八尺玉を打ち上げたんか!?
20 : トレ公   2025/07/15 19:35:41 ID:EoacTu2Dr2
素晴らしい。

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