AIのべりすと君にウマ娘wikiを作ってもらうスレ
1 : トレーナーさん   2022/11/18 03:06:29 ID:Kp8p0tyhUg
AIのべりすと https://ai-novel.com/

テンプレ
◯◯ wikipedia
◯◯は日本のウマ娘。
76 : アンタ   2023/01/18 17:59:31 ID:7oE0kWQcAw
メジロブライト wikipedia
 メジロブライトは日本のウマ娘。桜花賞、エリザベス女王杯を優勝し、GI競走二勝。母はメジロラモーヌで、メジロの超良血馬である。メジロといえばメジロマックイーンが代表的だが、メジロブライトは母が優秀すぎたためにあまり評価されていない。しかし、そんな彼女も今や大人気となり、ダービーウマ娘となった。その人気たるや凄まじく、メジロブライトのグッズ売り上げは歴代一位である(非公式)。また、メジロブライトはメジロライアンと同期であり、デビュー時期も同じだった。そのため、姉妹のような関係でもある。
 メジロブライトの引退理由は脚部不安によるもので、その影響からか彼女のレース成績は振るわないものとなっていた。それでも彼女はあきらめず、有馬記念では見事勝利した。その後、彼女は繁殖牝馬となったが、残念なことに子供を産むことができなかった。
引退後には乗馬として余生を過ごした後、現在は故郷である北海道で余生を送っているという。

グッズ売上の非公式記録...
77 : お姉ちゃん   2023/01/18 18:03:09 ID:/n9A1TkNUo
>>75
>>特に好きな競走馬はディープインパクトとシンボリルドルフです。
ここ物凄いニワカ臭がしてじわる
78 : あなた   2023/01/18 18:06:23 ID:7oE0kWQcAw
メジロアルダン wikipedia
メジロアルダンは日本のウマ娘。メジロ家初の女性当主であるメジロドーベルの姉で、メジロマックイーンとライスシャワーの母親。
デビューは2歳8月の新馬戦。
芝1200mにて7着に敗れるが、3戦目にダートのマイル戦を勝ってオープン入り。
そして重賞初挑戦となる共同通信杯では3着と好走した。
しかし続く皐月賞を11着。ダービーも15着に終わり、その後骨折が判明し休養に入った。
3年間に及ぶ長い休養の後、復帰戦となった神戸新聞杯で復帰勝ちし、菊花賞でも5着と健闘。有馬記念にも出走して13着に終わったが、その人気は高く翌年の天皇賞・春や宝塚記念への挑戦を求める声が大きかった。
だが屈腱炎を発症しており、結局これが最後のレースとなってしまった。
引退後は繁殖牝馬となったが、目立った活躍馬を出すことはできず、晩年は老衰で死亡した。

タイムリープしてるやんけ。
79 : お兄さま   2023/01/18 23:01:33 ID:FhPt4zewI.
イナリワン wikipedia
イナリワンは日本のウマ娘。

セントラブリリアントの産駒で、芝1200mを主戦場としたマイラーである。
デビューは2歳6月。新馬戦には向正面から進出する作戦で挑み、直線半ばでは先頭に立ったが、ゴール前では後方集団に交わされて4着に終わった。
続く500万下クラスでも敗戦が続き、条件戦を3戦したのちに未勝利のまま引退している。
引退後は繁殖牝馬となり、初年度からは8頭の仔を産んだが、すべて未出走に終わっている。
2年目以降は1頭も仔を産むことがなく、牧場スタッフの手で処分

酷すぎワロタ
80 : トレピッピ   2023/01/19 17:41:41 ID:07L.dsg3C6
ゴールドシチー wikipedia
ゴールドシチーは日本のウマ娘。競走成績は10戦7勝2着1回3着1回と、かなり優秀である。しかし、その成績以上に彼女が残した逸話の方が有名であろう。
デビューから4連勝し無敗の三冠馬となり、クラシック三冠を制覇。さらに天皇賞・春や有馬記念といったGIレースでも勝利し、まさに伝説を作った存在だった。そんな彼女だが、なんと日本ダービー前日に骨折してしまう。それも予後不良になるほどの重症で、もう二度と走れないとまで言われたほどだった。しかし、骨折が完治し、日本ダービーの出走が決定。上記の通り、勝利をおさめ、奇跡の復活を果たしたのだ。
また、彼女は引退後も様々な分野で活躍している。女優業はもちろんのこと、最近ではバラエティー番組にも出演しており、お茶の間の人気者になっている。
81 : モルモット君   2023/01/20 17:51:34 ID:BmWtONO2cw
ダイイチルビー Wikipedia
ダイイチルビーは日本のウマ娘。主な勝ち鞍にGI・安田記念、GI・マイルチャンピオンシップ、GI・ジャパンカップがある。
 ジュニア級6月にデビューし、その後2戦未勝利と7月の札幌ジュニアステークスを勝利。続く函館ジュニアステークスも制してオープン入り。11月の東京戦で掲示板を確保するに留まり、結局この年はこの5レースに留まった。
 クラシック級になると初戦の京王杯スプリングカップでは4着と好走するもその後は1勝クラスでも3着以下が続き、12月には初ダートとなる京都金杯に出走するがここでも5着に終わった。クラシック級では10戦し3着以内が8回で掲示板を外す事はなく、芝のレースにはめっぽう強い事がわかる。
 シニア級1年目では初戦のシルクロードステークスでは3着に敗れたものの、その後の重賞レースではすべて連対を確保しており安定感はあった。2戦目となった高松宮記念では2番人気に応え優勝。GI初挑戦で初優勝を飾り、陣営も手応えを感じたのか次走として選んだ安田記念では人気に応えて2度目のGI制覇を成し遂げた。さらに続くマイルチャンピオンシップでも1着を取り、この年の最優秀短距離馬にも選出された。
 翌年も引き続き現役を続け、初戦となった中京記念こそハナ差の2着に敗れるもその後の宝塚記念やエリザベス女王杯では勝利し、引退レースで挑んだ有馬記念では惜しくも2着に敗れたが、その走りから多くのファンに惜しまれつつも引退した。
 引退後は種牡馬となり初年度産駒からGIIを勝利したハクタイセイを始め重賞ホースを輩出し続けた。
82 : アナタ   2023/01/22 10:11:34 ID:42Sfx/XP8I
キングヘイロー wikipedia
キングヘイローは日本のウマ娘。ジュニア級からシニア級にかけて、数々のGIタイトルを獲得し、トゥインクル・シリーズにおいて3度の有馬記念制覇を果たした。デビューは2006年4月2日。同期にはスペシャルウィークとグラスワンダーがいる。2007年に弥生賞を制しクラシック戦線に殴り込みをかけるも、皐月賞では6着、ダービーでも7着と、上位には食い込めなかった。その後夏を休養に当て、迎えた秋初戦の毎日王冠で重賞初勝利を飾る。続くジャパンCでは1番人気に応えて三連勝を飾った。2008年には香港ヴァーズで海外初出走を果たし、レースでは二着に5馬身差をつける圧勝劇を演じてみせたが、その後は脚部不安のため長期の戦線離脱を余儀なくされた。2010年に復帰してからも状態は安定せず、2011年の宝塚記念を最後に再びレースの世界からは遠ざかっている。2012年からはサンデーレーシング所属の競走馬として、また乗馬としても活躍している。

なおこの後続けたところ、2012年に8戦8勝、2011年の秋から調子は良くなり始めていると書かれていた。
83 : モルモット君   2023/01/22 16:51:13 ID:42Sfx/XP8I
ヤマニンゼファー wikipedia
ヤマニンゼファーは日本のウマ娘。栗毛のロングヘアーで、顔は中性的。デビュー前なのにもかかわらず、G1を4勝している化け物である。また、父にメジロマックイーンを持つサラブレッドである。ジュニア級では無敗を誇り、クラシック級の夏には早くも海外の重賞に挑戦したが惜しくも2着に敗れた。その後、シニア級になってからアメリカに遠征し、アメリカのダート戦線を荒らし回った。しかし、日本の秋の天皇賞に出走すると掲示板にも載らない惨敗をした。それでも、翌年も出走したのだが、今度は故障してしまいレースに出られなくなった。引退後、トレセン学園で教師をしている。

デビュー前にもかかわらずGⅠ4勝(???)
84 : 相棒   2023/01/22 17:04:51 ID:42Sfx/XP8I
シンコウウィンディ wikipedia
シンコウウィンディは日本のウマ娘。地方トレセン学園所属。父は元中央競馬の騎手、母は繁殖牝馬というサラブレッドの血統を持つ。メイクデビューはダート1200mに出走し勝利。続く2戦目を勝利し、クラシック級をむかえる。皐月賞トライアルレースであるスプリングステークスで3着に敗れ、皐月賞には出走できずに終わった。その後オープンクラスに上がり、芝のレースにも挑戦するも掲示板入りがやっとだった。しかしその後の神戸新聞杯では4着に入り、菊花賞への出走権利を得る。そして迎えた菊花賞でも5着と健闘した。その後は放牧に出され、ダート転向を決定し、東京大賞典にて1着となった。シニア級では中央から地方へと移籍し、ダートGIIIの帝王賞では2着と好走した。現在は引退して乗馬となっている。
シンコウウィンディ(競走馬)
性別:牝
毛色:栗毛
年齢:6歳
戦歴:32戦8勝
総賞金:1億3000万円

いつの間に中央行って、長距離出走は芝3000。
85 : トレ公   2023/01/25 17:38:17 ID:wYv7Bl1aTI
メジロラモーヌ wikipedia
メジロラモーヌは日本のウマ娘。メジロの4姉妹の3番目で、最も遅かったデビューである。
デビューは1986年5月20日。芝の1200m戦で2着に9馬身差をつける圧勝であった。この勝利により一躍時の人となり、翌1987年には桜花賞とエリザベス女王杯を制覇した。その後1988年の有馬記念を最後に現役を引退し、繁殖牝馬となった。引退後も人気は高く、2000年に引退してから約8年間種牡馬生活を続けたが、初年度産駒からG1勝ち馬を出しただけで、その後は鳴かず飛ばずに終わった。
引退後は生まれ故郷の牧場で余生を送っていたが、2008年11月に老衰のため死亡が確認された。享年29歳。なお、彼女の血統表には謎の空白部分がある(メジロドーベルの項参照)。

1回転生した?
86 : アナタ   2023/01/25 17:46:19 ID:wYv7Bl1aTI
メジロマックイーン wikipedia
メジロマックイーンは日本のウマ娘。2000年生まれ、栗毛の馬体で芦毛の髪を持つ。ジュニア級にデビューしてデビュー戦勝利後、2連勝を飾る。続くオープン戦も勝利し、クラシック三冠路線へと進む。4月、皐月賞では後方待機策から最後の直線で抜け出し1着。ダービーでも後方から追い込んで1着。菊花賞では好位から抜け出して圧勝した。この3勝は無敗であり、しかも第4コーナーを回ってからの加速が驚異的であった。
翌年、シニア級となり春の天皇賞へ出走し、これも快勝する。秋にはジャパンカップと有馬記念にも出走したが、どちらも掲示板外だった。マイルチャンピオンシップでは2着。このレースでは逃げ馬が最後まで粘る展開の中、メジロマックイーンだけが終始マイペースを保ったまま走りきり、後続を寄せ付けなかった。
翌年、ドバイワールドカップへの挑戦を表明。このレースには日本から2頭の参戦があり、一頭目はゴールドアリュールという日本産の名馬である。二頭目としてメジロマックイーンが選ばれた。この遠征は大成功をおさめ、メジロマックイーンはこの後もドバイターフや香港ヴァーズなど海外G1レースを3勝している。また日本のウマ娘としては史上唯一の海外G1・5勝を挙げた。なお同馬は2011年に引退を発表。種牡馬となった現在もその活躍は語り継がれている。

驚異の末脚でクラシック三冠...。
87 : お兄ちゃん   2023/01/26 21:09:14 ID:y4bMDw7rDE
ツルマルツヨシ wikipedia
ツルマルツヨシは日本のウマ娘。主な勝ち鞍に有馬記念、ジャパンカップなど。
生年月日 1991/11/2 身長 172cm/体重 56kg 出身地 北海道浦河町 所属 美浦寮 脚質 逃げ・先行 レーススタイル マイラー 特徴 栗毛の短髪で馬体は細身だが筋肉が引き締まっているためスマートに見える。
メイクデビューは11月27日中山芝1600mに出走し3着だった。
2戦目となる12月14日の未勝利戦ではスタートから先頭に立ち、そのままゴールまで逃げ切り勝利した。
3戦目で初めて挑んだ重賞レースであるホープフルステークス(G1)では5着と敗れたものの、続く弥生賞でも3着と好走した。クラシック戦線では皐月賞とダービーにそれぞれ出走したがいずれも6着に終わった。しかし秋初戦のセントライト記念では4コーナーを回るところで先頭に立つと直線で後続を寄せ付けず完勝。菊花賞もハナを奪うとそのまま押し切り優勝した。
シニア級には日経新春杯と金鯱賞を連勝するなど活躍したものの、天皇賞(春)では10着に敗れた。その後脚部不安を発症し長期休養に入る。復帰後はジャパンカップをクビ差で制し、有馬記念でも2着に入った。翌年も現役続行を宣言し、宝塚記念と安田記念では掲示板に載り、ラストランの有馬記念では3コーナーから仕掛け、直線に入ってからも勢い衰えずに他の馬を突き放して優勝。その引退式後、左前脚繋靭帯炎を発症していることが発覚した。
引退後は乗馬となり、現在は北海道新ひだか町の日高牧場にて余生を過ごしている。なお、馬主であった黒須氏は後に同馬の生産牧場でもあるノーザンファーム代表を務めている。

172cm...背が高い。あとこの戦績はマイラーではない。
88 : お前   2023/01/29 10:11:16 ID:lOUkOUMeqM
ウオッカ wikipedia
ウオッカは日本のウマ娘。父はアイルランドの名種牡馬、母はG1競走7勝のメジロラモーヌという血統で、デビュー前からその素質を期待されていたが、骨折による2度の休養を経てのデビューとなった。
デビュー戦こそ5着に敗れたウオッカだが、続く500万下のレースを快勝すると、その後のオープンクラスでも勝ち負けを繰り返し、皐月賞や日本ダービーへの出走も期待されたが、結局は脚部不安のため菊花賞を断念し、代わりに出走した有馬記念では6着と惜しい競馬を見せた。その後は再び故障のために長期療養に入り、復帰後にレースへ出ることは無かったものの、引退まで通算12戦8勝と高い成績を残した。
引退後は繁殖牝馬となり、3頭のGI馬の母となっている。父ダイワスカーレットと同じ父の母を持つため、ウオッカの子供同士にはダイワメジャー(桜花賞)・ディープスカイ(朝日杯FS)・ハーツクライ(安田記念)といったGI馬が揃っている。また、祖母のメジロラモーヌから連なる牝系からはメジロドーベル(オークス)・メジロブライト(天皇賞春)などの重賞勝ち馬が出ている。

どうしたダイワスカーレット
89 : モルモット君   2023/02/04 10:47:27 ID:llhCn2nQO2
マチカネタンホイザ wikipedia
マチカネタンホイザは日本のウマ娘。有馬記念を制するなど、ダートのG1レースでも結果を残す実力馬である。
デビューから3連勝で朝日杯フューチュリティステークスを制し、続くNHKマイルカップも制覇した。しかし、日本ダービーは惜しくも2着。ダービー後の骨折が響いたのか秋は全休し、翌年7月に札幌記念を制して復帰するも再び骨折して年内は休養となった。そして4歳シーズンを迎え、12月に復帰したものの前走ジャパンカップでまたも2着に敗れた。
その後も勝ちきれない競馬が続き、5歳時にはドバイシーマクラシックに挑戦も結果は6着と惨敗。このレースを最後に現役を引退している。
引退後は北海道浦河町のノーザンファームで乗馬となっている。

マイラーなマチタン(なお年末のグランプリ制覇)
90 : お姉さま   2023/02/05 18:59:43 ID:F0HM.aHP6c
ダイワスカーレット wikipedia
ダイワスカーレットは日本のウマ娘。父にステイゴールド、母にメジロラモーヌを持つ良血馬である。
デビューから2連勝すると桜花賞とオークスを2着に降し、秋華賞でも1番人気に応えた。しかしエリザベス女王杯では道中で転倒するアクシデントがあり3着に敗れている。有馬記念はファン投票で出走枠を獲得していたが、脚部不安のため回避している。
クラシック級時点での成績は6戦5勝であり、GI7勝の武豊に次ぐJRA史上第2位の記録である。シニア級が始まると、宝塚記念やジャパンカップなど大きなレースをいくつか制した。
そして迎えた天皇賞(春)では、前を走るオグリキャップに何度も抜かれながらも懸命に追い続け、ゴール直前でかわして勝利した。この走りにはファンのみならず競馬関係者からも称賛の声が上がった。なお、このレースを最後に引退を発表している。引退後も繁殖牝馬として現役を続けており、初年度産駒が既に競走馬登録されており、2歳新馬戦でデビューする予定である。

武豊、ウマ娘だった。(勝利数もやっぱりおかしいけど)
91 : モルモット君   2023/02/05 21:24:54 ID:TcIw2BCFmU
スペシャルウィーク Wikipedia
スペシャルウィークは日本のウマ娘。本名は「サイレンススズカ」で、サイレンスが名字、スズカが名前である。
北海道苫小牧市出身。トレセン学園所属(現在は卒業)の現役競走バ。
デビュー戦は2002年3月2日、札幌競馬場芝1200mのレースだった。この時のタイムは12秒7であり、デビューにしてはかなり速いタイムであった。その後、連勝を重ねていくのだが、そのレースぶりからついたあだ名が『異次元の逃亡者』。
逃げを得意としているにもかかわらず、レース序盤で先頭に立とうとする気迫あふれる走りを見せ、他馬を圧倒してゴール板を駆け抜けることからこの名がついた。
デビュー4戦目となる2003年6月1日の函館競馬場では、当時レコードタイムを更新していた当時の日本ダービー馬シンボリクリスエス相手に大差をつけて勝利した。その後も連勝を続け、同年9月にクラシック級最終戦の菊花賞を制し無敗のまま二冠を制した史上初のウマ娘となった。
しかし2004年10月23日に骨折し引退。2005年に中央競馬会史上8頭目の三冠を達成した武豊騎手は「あの時のスズカには勝てない」とインタビューで答えた
92 : お姉ちゃん   2023/02/05 23:16:11 ID:F0HM.aHP6c
ウイニングチケット wikipedia
ウイニングチケットは日本のウマ娘。中央競馬の競走バとしてデビューする以前に、障害レースで活躍し、その名が知られていた。デビューは2006年4月24日で、芝の1200メートルのレースを2着に5馬身差をつけて圧勝した。その後もダートの短距離やマイル戦で好走を続けたが、2007年の安田記念で3着に敗れた後、引退となった。
引退後も競馬関係者の間で注目度は高く、特にその人気の高さから、しばしばバラエティ番組に出演してはそのキャラクター性を発揮していた。また、引退後はスポーツ用品メーカーに就職し、同社と専属契約を結ぶなど、タレントとしても多方面での活躍が見られた。しかし2008年に急性リンパ性白血病を発症したことが明らかになり、2009年には骨髄移植を受けたが、2010年に再発が確認されたため、闘病生活に入ることになった。その後、同年10月に急性リンパ性白血病により他界している。享年21歳。

史実より短い......
93 : トレーナー   2023/02/11 11:22:14 ID:VVY3nMdhWg
サクラチヨノオー wikipedia
サクラチヨノオーは日本のウマ娘。主な勝ち鞍は皐月賞、ダービー、菊花賞。父・サクラユタカオーの初年度産駒としてデビューし、クラシック三冠制覇の最有力馬として期待された。クラシック級では皐月賞では最終コーナーで抜け出し勝利、日本ダービーでは残り100mでかわして勝利し、二冠を達成。菊花賞では残り200mで大きくペースを落としてしまうが、それでも2着に5馬身差をつける圧勝だった。しかしその後は骨折により1年6ヶ月休養、復帰レースとなった有馬記念でも大差の4着に敗れた。翌春には屈腱炎を発症し再び休養。復帰後もなかなか勝てず、秋初戦のセントライト記念を勝った後は勝ち星がなかった。そして最後のレースで引退式を行った。引退後は繁殖牝馬となり、初仔からサクラバクシンオーを出している。
94 : お兄ちゃん   2023/02/11 11:41:55 ID:VVY3nMdhWg
マヤノトップガン wikipedia
マヤノトップガンは日本のウマ娘。第5回URAファイナルズ中距離部門で優勝した名馬である。また、皐月賞・菊花賞で2着になるなど優秀な戦績を残している。デビューは2歳11月の新馬戦。その後、500万下条件のレースに出走し続けて3連勝を飾ると、続く弥生賞でも勝利してクラシック戦線へ名乗りを上げた。そして迎えた皐月賞では2着に敗れたものの、その脚質が先行寄りだったことからダービーでは1番人気に支持された。しかし、道中にかかったことで直線で失速してしまい、結果は7着と大敗してしまった。夏合宿の後、菊花賞で2着に入ると、翌年初戦の大阪杯を制してGI初制覇を果たす。その後は天皇賞(春)や宝塚記念も制するなどGI6勝を挙げて、一躍スターホースの仲間入りを果たした。だが、宝塚記念後の骨折により長期休養を余儀なくされてしまう。復帰後はジャパンカップダート(GII)で復帰勝ちを決めると、同年のジャパンCでさらに優勝を重ねた。この功績が認められ、URAファイナルズ中距離部門に招待された。このレースで見せたマヤノトップガンの走りは後方から直線一気という豪快なものであり、意外性を突いた戦法でファンを魅了した。引退後は種牡馬となり、初年度産駒からゴールドシチズンを輩出してリーディングサイアーとなる。
95 : トレーナーちゃん   2023/02/12 18:20:03 ID:QijxNEKqSo
ナカヤマフェスタ wikipedia
ナカヤマフェスタは日本のウマ娘。父にニホンピロウイナー、母にタマモクロスという血統である。なお、母の母はメジロドーベルであり、メジロドーベルは半姉にあたる。デビューから2戦連続で掲示板外に敗れたが、続く3戦目で重賞制覇を果たした。その後G1の天皇賞(秋)を勝利するなど、芝・ダート両方で結果を残している。主な勝ち鞍は有馬記念と宝塚記念。引退レースとなったジャパンカップでは世界レコードとなる1分59秒9を記録してゴールした。引退後は種牡馬となったが産駒成績は振るわず、現在は乗馬となっている。

さてはジャパンカップの距離が2400mでは無いな?
96 : トレーナー   2023/02/12 21:02:08 ID:QijxNEKqSo
樫本理子トレーナー wikipedia
樫本理子は日本のトレセン学園トレーナー。元G1ウマ娘のビワハヤヒデや、タイキシャトル、ウイニングチケットらを育て上げた名トレーナーである。現在はビワハヤヒデとチームを組んでおり、共にトゥインクル・シリーズを戦い抜いている。樫本はビワハヤヒデと共にクラシック級の秋からシニア級の春までを担当し、クラシック級ではビワハヤヒデが菊花賞を制し、マイルチャンピオンシップでも勝利し、マイル王となった。また安田記念で3着に入ったナリタトップロードを管理した。一方シニア級からは彼女の教え子のウイニングチケットが有馬記念を制するなど、GI5勝を達成した。樫本はビワハヤヒデと共にトゥインクル・シリーズの第一線を走り続けた後、彼女はドリームトロフィーリーグへ移籍。ビワハヤヒデもドリームトロフィーリーグで走っている。なお、樫本の担当バだったウイニングチケットは現在結婚しており、その相手というのがなんと同じチームに所属するナリタトップロードだという。樫本理子とビワハヤヒデの師弟コンビは今もトゥインクル・シリーズで戦っているのだ。
97 : トレーナー君   2023/02/12 22:13:21 ID:0/ywFVIuvc
シリウスシンボリ wikipedia
シリウスシンボリは日本のウマ娘。史実では日本ダービーを勝った後に故障し、その後復帰することなく競走馬を引退した。
この世界のシリウスシンボリは2歳時にデビューしてすぐにクラシック級まで無敗のまま進み、皐月賞と菊花賞でレコードタイムを出した上に有馬記念も勝って3冠馬となった。その後は宝塚記念に挑み5着になった後、脚部不安を発症して長期休養に入り、復帰した後は秋の天皇賞で4着に敗れた。その後ジャパンカップを最後に引退している。
「…………何と言うか、とんでもないな」
俺はシリウスシンボリの戦績を見て思わず呟いた。
普通なら怪我をする所か、レース中に骨折してもおかしくないような大記録だ。だがこの世界ではそんな心配はない。なぜならこの世界にはリギルがいるからだ。リギルがシリウスシンボリを管理している限り、彼女の故障なんてあり得ないだろう。
「まあ、それはそれとして……」
俺は大きく息を吐いてからパソコンの電源を落とした。
「明日からトレーニング開始だし、今日はもう寝るか……」
俺はそう言ってベッドに入って眠りについた。

お前は誰だよ
98 : トレぴ   2023/02/15 17:01:08 ID:f6vFi1XKYY
ベルノライト wikipedia
ベルノライトは日本のウマ娘。父はステイゴールド、母はエアシャカールという血統で、父がステイゴールドの産駒としては初重賞制覇(GI)を果たした馬である。デビューから引退まで全て地方レース場にて出走し、中央主催のレースには1度も出走したことがない。そのせいか知名度は低いものの、父譲りのスピードとパワーを持ちながら母系由来のスタミナも兼ね備えた非常にバランスの良い競走馬であった。主な勝ち鞍は地方のダートレースの中でも交流重賞の1つとされている川崎記念。引退後は乗馬となり、現在は北海道帯広市のばんえい競馬所属となっている。

母:エアシャカール(!?)
99 : トレーナー君   2023/02/16 18:16:41 ID:AGpPGbIuDI
トウカイポイント wikipedia
トウカイポイントは日本のウマ娘。GI2勝を含む重賞6勝を挙げたが、4歳時に骨折し引退。その強さから"怪物"と呼ばれた。デビューは2003年3月15日、芝1200mの新馬戦。鞍上は武豊で、単勝1番人気に応えて勝利した。続く500万下を連勝してオープン入りすると、朝日杯フューチュリティステークス(G1)に挑戦して11着。しかし翌週の弥生賞では5馬身差の勝利を飾った。クラシック戦線には参戦せず古馬となり、500万条件からスタート。そしてこのレースで4馬身ちぎって圧勝した。この勝利によってマイラーズカップに駒を進め、これも快勝する。その後は安田記念を制し、マイル路線のトップに立った。さらに秋の天皇賞でも勝利を収める。その後G1は勝てなかったもののターコイズステークスや京王杯オータムハンデなどを勝利するが、2005年の有馬記念を最後に脚部不安のため引退した。
引退後の2006年から馬主になり、2007年にクラブ法人を設立している。

3月にジュニア級のメイクデビューをしたり、朝日杯FSの翌週に弥生賞があるなどツッコミどころ満載だけど気にしたら負け。
100 : トレーナー   2023/02/16 18:32:16 ID:jYM0.ireEY
なんかキャラが濃かったり強いウマ娘が同じ世代に居るとどう足掻いても全文章の半数はオグリとかに取られるの草
101 : お姉さま   2023/02/23 18:04:47 ID:G8wFaVL6SY
ゼンノロブロイ wikipedia
ゼンノロブロイは日本のウマ娘。芝のマイル~中距離を得意とし、安田記念で2着になるなどG1でも好走した。また、メジロライアンとは親戚関係に当たる。デビューから6連勝し、朝日杯フューチュリティステークスを勝利し、ジュニア級チャンピオンになった。しかしその後の骨折によりクラシックシーズンをほぼ棒に振った。しかし翌年の4月に復帰してからのレースは負けなし。夏も好調を維持し、毎日王冠では逃げ切った。そして迎えた秋初戦のマイルチャンピオンシップで2度目のGI制覇を果たした。その後有馬記念にも出走し、3着となった。翌年も安田記念を制し、連覇を狙ったがまたしても故障発生。引退を余儀なくされた。引退後の現在はノーザンファームにて乗馬として余生を過ごしている。

圧倒的にマイラーで芝1600。
102 : トレーナー   2023/02/25 16:47:28 ID:yfDxeFoXA2
シンボリクリスエス wikipedia
シンボリクリスエスは日本のウマ娘。主な勝ち鞍にGIを3勝、海外GIはドバイミレニアムの2着がある。デビューからGⅠ1勝を含む6連勝を飾り、クラシック級では皐月賞とダービーで二着と健闘し、菊花賞こそ四着に敗れたが、有馬記念では三着に入る大活躍を見せた。シニア級になってからは故障に悩まされたが、それでも重賞戦線で活躍を続け、天皇賞(春)や宝塚記念といったGIレースを制した。引退後は種牡馬となっている。
なお、本馬の父であるゴールドアリュールは三冠馬であり、母父もリーディングサイアー常連という血統である。また、祖母父がミスターシービーなので、日本の競馬ファンにとっては馴染み深い名前だろう。

血統なんかすこ...
103 : アンタ   2023/03/04 17:48:15 ID:uguByNt2DM
ツインターボ wikipedia
ツインターボは日本のウマ娘。ジュニア級では2勝、クラシック級で1勝、シニア級で1勝した。なお、デビューから引退までずっと芝のレースしか走っていない。メイクデビューは芝の1600mで行われた。また、デビュー戦と3戦目、5戦目で共に12着と惨敗しているものの、その後のレースでは毎回人気になっており、掲示板に載っている。そして6戦目に未勝利を脱出した。その後、オープンクラスには上がったものの重賞制覇は当時GⅢだったセントライト記念のみで、GIは勝つことが出来なかった。しかし、どれだけ大敗をしても大逃げを諦めない姿にファンは多く、根強い人気があった。引退後、繁殖牝馬として活躍している。
104 : お兄さま   2023/03/06 21:51:33 ID:oZoYe9N61k
ジャングルポケット wikipedia
ジャングルポケットは日本のウマ娘。ジャングルポケットはデビューして3戦未勝利だったものの、4戦目で初勝利を挙げ、続く5戦目も勝ってオープン入り。そして6戦目で重賞の弥生賞に挑戦すると、ジャングルポケットは単勝1番人気に支持される。レースが始まるとジャングルポケットはまずまず好位追走し、最後の直線で先頭に立つとそのまま後続を引き離すという圧勝劇を披露した。その後、皐月賞トライアルのスプリングステークスでも連勝したジャングルポケットは皐月賞に出走する事になったのだが……ここで思わぬ伏兵が現れる。それが後のダービー馬ウイニングチケットであった。皐月賞ではウイニングチケットの他にジャングルポケットと同じメジロラモーヌの孫でマイラーとして名高かったメジロブライトがおり、さらに同じメジロ家出身のメジロライアンまでいたのだ。つまり、このレースは皐月賞でありながら、メジロ家の対決でもあったわけだ。そんな事もあってか、レースでは大逃げを打ったウイニングチケットをメジロブライトが追いかけるという展開になった。しかし、直線に入るとそれまで先頭にいたはずのジャングルポケットの姿が見えなくなり、気付けば後ろから来たメジロブライトが迫ってくるという状況になっていた。結局、ジャングルポケットはそのまま逃げる形になったウイニングチケットを捕らえる事は出来ず、さらには後方待機していたメジロライアンにも差されて、メジロライアンにはハナ差及ばず2着という結果に終わる。(次レスに続く)

大逃げを打ったウイニングチケット(!?)
105 : トレぴっぴ   2023/03/06 21:57:14 ID:oZoYe9N61k
>>104
こうして皐月賞で敗れたジャングルポケットだったが、ダービーへの出走権は確保できたため、ダービーへ向けて態勢を整える事になる。そして迎えた日本ダービーではジャングルポケット以外にも前年の覇者メジロライアンや無敗の二冠目を狙うシンボリルドルフといった面々がいた。そのためか、ジャングルポケットはやや後方に控えてのレースとなり、直線で外から追い込む作戦に出た。しかし、伸びを欠いたのかメジロライアンの末脚の前に屈する事になり、ここでもまた2着に敗れた。その後の秋華賞では、ジャングルポケットはメジロライアンと並んでのゴールインとなった。この時の1番人気はメジロライアンで、ジャングルポケットはその次の人気であった。レースが始まり、ジャングルポケットは後方から競馬を進めたのだが、前を走るメジロライアンが徐々に後退していくのに対し、ジャングルポケットは徐々に上がっていき、最終コーナー手前で先頭に立った。そこからメジロライアンを交わしたジャングルポケットはそのままメジロライアンを差しきり勝利した。ちなみにこの時の勝利騎手インタビューでは、ジャングルポケットに騎乗した柴田善臣騎手は、まるでジャングルの中で戦いに勝利したかのような表現をしたらしい。これは柴田善臣騎手がジャングルポケットに対して並ならぬ愛着を持っている証拠だろう。その後は有馬記念に出走し、ジャングルポケットは11着と惨敗に終わったものの、翌年の安田記念でメジロパーマーに次ぐ2着に入ったりしているあたり、全く期待されていないわけではなかった事が伺える。その後は骨折が判明し休養に入るが復帰することなく引退となっている。

秋華賞勝利...あとメジロパーマーが安田記念勝っていてダメだった。
106 : お兄さま   2023/03/06 21:58:23 ID:oZoYe9N61k
>>105
なお、ジャングルポケットは母父としてはマイルから中距離を中心に活躍したメジロブライドを出した他、産駒からもメジロマックイーンを筆頭にメジロドーベルなどを出している。また、メジロブライトの母の父でもあるため、メジロ家に縁がある血統と言えるかもしれない。

一文字違いのメジロが生まれていて芝。
107 : アナタ   2023/03/12 17:51:05 ID:EsswjLXJok
カワカミプリンセス wikipedia
カワカミプリンセスは日本のウマ娘。デビューから3連勝、ティアラ路線に参戦した後、桜花賞とオークスを優勝し2冠を達成。その後秋華賞で惜しくも3着に敗れるもマイルチャンピオンシップを制し、ジャパンカップでは海外の強豪馬を相手に堂々の1番人気に応え優勝。そして有馬記念でも人気に応えて見事勝利。さらに翌年の春には世界最高峰のレースであるドバイワールドカップにおいて日本勢初の栄冠を手にするなど、まさに日本の誇りと言っていいほどの活躍を見せた名牝。しかし翌年4月、骨折が判明。予後不良と診断され安楽死処分となった。彼女の死は世界の競馬関係者に深い悲しみを与えたという。

とても強いのに悲しすぎる結末...。
108 : トレーナーさま   2023/03/14 18:18:05 ID:j3ETx57.8w
ナリタブライアン wikipedia
ナリタブライアンは日本のウマ娘。皐月賞、菊花賞の二冠を制したダービー馬であり、その強さはまさに圧倒的であった。しかし、レース中に骨折し引退。現在は調教師になっている。
1.デビュー前
デビュー前、彼は圧倒的な才能を秘めていた。兄であるビワハヤヒデと競い合うように成長を続け、2歳6月にデビューしたナリタタイシンと共にクラシック戦線で大いに活躍することになる。
2.無敗の三冠
馬へ デビュー戦から3連勝すると、すぐに朝日杯フューチュリティステークスに駒を進めた。このレースでは、後にライバルとなるウイニングチケットやビワハヤヒデと激しい戦いを繰り広げたが惜しくも敗れた。続く若葉ステークスでは、2着だったビワハヤヒデを差し切り勝利。この時点で既にダービー制覇は決まったも同然であった。その後皐月賞でも勝利を収める。この時はまだ脚に不安を抱えていたため、次の日本ダービーでは休養明けとなった。しかし、それでも圧倒的な強さを見せ付け圧勝。ダービージョッキーの称号を手にした。そして迎えた菊花賞。ナリタブライアンの強すぎる走りに誰もついていけず、そのまま1:57というタイムレコードでゴールした。

菊花賞が京都3000mでは無い気がしてきた(続く)
109 : 貴方   2023/03/14 18:22:08 ID:j3ETx57.8w
>>108
3.クラシック最後の一冠
ナリタブライアンは年末のグランプリレース、有馬記念に出走した。この年の注目株といえばもちろんナリタブライアンであったが、それ以上に人気を集めたのは、前年の覇者であるシンボリルドルフであった。前年、史上7頭目の三冠を達成した皇帝に対し、日本中の期待が集まった。しかし、ナリタブライアンはそのプレッシャーにも負けることなく、見事勝利を収めた。これは紛れもない快挙であった。
4.二度目の骨折
ナリタブライアンは有馬記念後、右前脚の故障により長期離脱を余儀なくされた。復帰してからもなかなか調子を取り戻すことができず、再び故障に見舞われると今度は長く入院することとなった。
5.奇跡の復活
復帰戦となった阪神大賞典にて見事な復活劇を見せた。長いブランクを感じさせない力強い走りで、同レースを勝利した。また天皇賞(春)には前哨戦として毎日王冠に出走したが、ここでも素晴らしい成績を残した。本番の天皇賞(春)においても、最後の直線で抜け出し優勝。ついに念願のGI5勝を達成した。
6.七冠達成
ナリタブライアンは宝塚記念をファン投票1位で出走し、見事に制した。続くジャパンカップでも世界の強豪相手に快勝。クラシック三冠を含むGⅠ7勝を達成し、海外遠征の計画も立案された。

ナリタブライアンVSシンボリルドルフとか激アツやん(続く)
110 : お前   2023/03/14 18:24:18 ID:j3ETx57.8w
>>109
7.海外遠征
ナリタブライアンは香港ヴァーズ、ドバイシーマクラシックに向けて出発したが、急遽予定を変更した陣営は凱旋門賞への参戦を決めた。10月20日、フランス・ロンシャン競馬場において行われた凱旋門賞。その道中、ナリタブライアンは他馬の進路を妨害したことで審議となり、失格となってしまった。これにより無念の11着に終わった。
8.引退表明
11月3日に京都競馬場で開催されたGIIマイルチャンピオンシップでは2番人気ながら、直線で外から豪快に差し切って優勝した。このレースを最後に現役を引退すると表明した。
9.調教師時代
引退後は調教師として活躍した。その手腕が評価され、管理馬の成績も良くなり彼の厩舎からは数々の重賞馬が輩出された。

凱旋門賞は進路妨害で失格か...
111 : アナタ   2023/03/16 22:42:09 ID:3cJBbU1JgY
ニシノフラワー wikipedia
ニシノフラワーは日本のウマ娘。デビューは2003年4月24日、芝1200mの新馬戦だった。デビュー戦でいきなり1番人気に応えた勝利を飾った。続くレースも快勝し、3戦目となる5月26日の500万下条件戦(東京・芝1400m)では、2番人気に支持されてこのレースを勝利した。勝ちタイムは1:22:9と当時のコースレコードであった。7月16日の1000万特別競走でも勝利しオープン入り。勢いに乗ったニシノフラワーはティアラ路線前哨戦の1つである12月17日の阪神ジュベナイルフィリーズに出走した。このレースでニシノフラワーは6頭立ての5着に敗れた。しかし、翌2004年の桜花賞で2番人気に推されると、見事優勝し念願のGIタイトルを手にした。その後、秋華賞で10着、エリザベス女王杯で11着と、なかなか結果が出ない時期が続き、ニシノフラワー陣営は距離を短くすることを決断した。2005年の春には芝のマイル戦を主戦場とすることを決め、安田記念に出走。惜しくも2着に敗れる結果となったが、秋の毎日王冠を制し、その年の天皇賞(秋)にも出走するもまたもや2着に終わった。その後はマイルチャンピオンシップへ出走。ここでも善戦はしたものの、3着という結果に終わり引退した。なお、2005年度のJRA賞最優秀4歳牝馬に選ばれている。ニシノフラワーが勝ったレースはすべてスローペースからの上がり勝負となっている。これは彼女の末脚の鋭さゆえだろう。その末脚から付けられたあだ名は、 鬼脚のニシノである。引退後、父トウショウボーイと同じ牧場に住みながら繁殖牝馬として活躍している。初年度産駒からは2006年に重賞勝ち馬が出ている。2012年にはGII朝日杯フューチュリティステークス優勝馬マイネルレコルトを輩出しており、その後も2015年にはマイネレーツェル、2016年にはモズアスコット、2017年にはミッキーアイル、2018年にはサトノダイヤモンドなど次々と活躍馬を輩出している。
112 : 相棒   2023/03/23 16:56:46 ID:4LQbocuMrc
キングヘイロー wikipedia
キングヘイローは日本のウマ娘。母がアメリカのGI馬という血統の良さと、それに似合わぬ小柄で華奢な体躯、そしてどこか幼い顔立ちと言動が相まって、デビュー当初はその実力を疑問視する声もあった。しかし彼女のレースを見れば、そんな意見は一蹴されるだろう。彼女はどんな相手でも決して侮らないし、自分のペースを乱さない。相手の得意距離や脚質に惑わされず、常に最善の作戦を選択して勝利を掴む。この冷静さこそ彼女が一流たる所以であり、同時に彼女最大の武器である。また、小柄な体格を活かした軽快な走りも魅力的だ。レースでは先頭に立って後続を引き離すのではなく、中盤から後方に位置して最後の直線に入るまでじっと我慢する戦法を得意としている。これは彼女の足腰の強さがあって初めてできることだ。そして、いざ追い出すと末脚が爆発し、ゴール前で一気に抜き去る爆発力もある。デビュー2戦目にしてGI朝日杯フューチュリティステークスを制し、クラシック戦線への期待を高めた。その後、皐月賞・ダービーでは4着に甘んじたものの、菊花賞トライアルレースで圧倒的な強さを見せ付けて勝利するなど、着実に力を付けてきていた。ところが、この年の秋以降は怪我に悩まされることになる。屈腱炎を発症してしまったのだ。来年長距離レースに出走すると再び慢性的に怪我に悩む可能性があるとそのとき主治医に言われ、陣営はマイル路線へと転換させた。それが功を奏したのか、翌年の春には安田記念を制して見事シニア級でのGI勝利を飾ることになる。その後はマイルチャンピオンシップを制し、有馬記念にも出走するなど活躍を続けたものの、度重なる骨折により引退を余儀なくされた。なお、引退後に種牡馬となり、初年度産駒からG1級の活躍馬を輩出。現在は父と同じくアメリカで種牡馬生活を送っている。

短距離路線ではなく、マイル路線。
113 : お兄ちゃん   2023/03/25 16:36:06 ID:fIaVHVj1IE
メジロアルダン wikipedia
メジロアルダンは日本のウマ娘。メジロ家の令嬢で、天皇賞・春と宝塚記念のGⅠ2勝馬である。メジロラモーヌの娘であり、メジロドーベルの兄にあたる。父はメジロマックイーンやメジロライアンといった名バを輩出したメジロ家の名種牡馬メジロブライト、母はメジロマックイーンの全妹という血統。メジロ家は代々長距離に強いため、メジロアルダンは菊花賞も狙えると言われていたが、骨折によりクラシック級ではまともに戦えずに終わった。しかし、シニア級で復活を果たす。天皇賞・春の前哨戦である京都大賞典を勝利し、天皇賞・春では、2着に4馬身差をつける完勝劇を演じてみせた。そして宝塚記念でも圧勝し、メジロアルダンは名実ともに日本最強の座を手中にした。だがその後、脚部不安に悩まされることになる。秋初戦の神戸新聞杯で5着に敗れた後、屈腱炎を発症し長期休養に入った。復帰初戦となった有馬記念は11着と大敗するが、翌2003年の大阪杯で勝利を挙げ、再び強さを取り戻したかに見えた。しかし、そのレースを最後に現役を引退している。なお、メジロ家の後継ぎとして期待されていたこともあり、メジロアルダンの子供にはメジロの名が与えられている。引退から10年以上経過した現在も、メジロアルダンの人気は高い。メジロアルダンに関する動画再生数は全盛期に比べるとかなり減ったものの、今でも時々話題に上ることがある。また、メジロパーマーなど、メジロ一族からはたびたび現役競走馬の名前が上がることがあり、その人気の高さを示している。

春シニア3冠を制覇しているのか...。
114 : お兄ちゃん   2023/03/25 19:33:34 ID:xCPmvGlyXE
ライトハローwikipedia
ライトハローは日本のウマ娘。芝2400mのG1レース、マイルチャンピオンシップで2着に入り、最優秀短距離馬に選出された。
マイルチャンピオンシップでは3着に入ったエアシャカールとタイム差なしであり、そのことからマイルチャンピオンシップは実質この馬の勝ちであるという意見もある。
また、同レースでは1番人気であったゴールドシチーにハナ差まで迫っており、同馬にも勝ったとの意見もある。
しかしながら、同レースは枠順の差が大きかったため、実質この馬が勝ったかどうかは議論の余地があるだろう。
なお、同馬は現在、北海道沙流郡日高町の社台ファームにて乗馬となっている。

最優秀短距離馬だったのか...
115 : キミ   2023/03/26 10:44:23 ID:/NOWEx2jN6
カレンチャン wikipedia
カレンチャンは日本のウマ娘。デビュー前にも関わらず、その愛くるしいルックスから早くも人気を博していた。彼女のファンはカレン様と呼ばれ、その人気は凄まじかったようだ。デビュー戦で大差勝ちすると、続くGIIIレースでも勝利を飾り、クラシック級の3月に行われるGⅡレースであるフィリーズレビューに出走し、そこでも勝利を収めた。その後、スプリンターズステークスの前哨戦であるセントウルステークスに出走するも惜しくも2着に敗れる。しかし、続くスプリンターズステークスでは見事1着をもぎ取り、その年の秋のシーズンに入るといよいよ本格化した彼女は短距離路線を歩むことになった。そして11月に行われたマイルチャンピオンシップでは、圧倒的一番人気に応え見事1着となったのだ。その後も高松宮記念を制し、圧倒的な強さを見せ付けた。また、海外遠征にも何度も挑戦しており、香港スプリントやドバイワールドカップなど、数々のGIレースを制した。しかし、競走バとしてのピークが過ぎたのか、その後は勝ち星を挙げることが出来ず、2016年5月に引退を発表した。引退後は自身のブログで近況を報告している模様だ。
116 : 貴方   2023/03/29 15:19:21 ID:.LjautpQ6Y
マチカネタンホイザ wikipedia
マチカネタンホイザは日本のウマ娘。名前の由来は冠名+お米の品種(豊作祈願)
デビューは5月6日、京都競馬場芝2000mで行われた新馬戦でデビュー戦を勝利で飾った。続く条件戦でも2着に3馬身差をつけて圧勝し、無敗のまま皐月賞へ駒を進めた。しかし、その皐月賞では16着と大敗してしまう。その後、菊花賞トライアルレースである神戸新聞杯で1番人気に応えて勝利を飾ったものの、本番の菊花賞では17着とまたしても掲示板を外す結果となる。しかし、この敗戦から学んだのか有馬記念には出走して4着という結果を残した。また、この敗北が彼女の自信となりシニア級ではダイヤモンドステークスと日経賞で共に2着に入り、GI競走の宝塚記念でも3着と好走した。さらに秋シーズンになると毎日王冠で5着、天皇賞・秋の前哨戦であるアルゼンチン共和国杯では8着ながらも善戦するなど着実に力をつけていた。そして迎えた最後のグランプリとなった有馬記念では道中後方待機策をとり最後の直線で鋭く追い込むも7着に敗れた。この年を最後に現役を引退している。引退後は引き続き北海道新ひだか町の浦河トレーニングセンターにて乗馬となっている。
117 : アナタ   2023/03/31 17:47:37 ID:9a2g7I6Bng
サクラバクシンオー wikipedia
サクラバクシンオーは日本のウマ娘。競走成績はダート、芝ともにG1を制覇し、マイルCSでは2着に3馬身の差をつける圧勝劇を見せた。短距離から中距離まで幅広い距離を走り、また芝でも好成績を残した名バである。性格は明るく活発で誰とでも仲良くなれる。しかし反面非常に頑固であり、一度こうすると決めたことは曲げない一面もある。
デビュー戦は2000mの新馬戦。その圧倒的な末脚で後続を大きく引き離す勝利を飾ったが、その後のレースでも好走するものの掲示板に乗ることさえ難しく、デビュー4戦目にしてようやく勝ち上がった。そして続くオープン特別:白梅賞も制したが、その後はなかなか勝てず苦戦する日々が続いた。しかしクラシック級でGⅠスプリンターズステークスの出走登録に成功。ここでも見事に勝利を飾り、一躍人気馬の仲間入りを果たした。その後もGIレースに出走するが惜しくも届かずといった戦績が続き、特に安田記念では2着と惜敗した。だがこの敗戦が彼女の転機となり、同年のマイルチャンピオンシップでは見事1番人気に応え、2着には3馬身差をつけて快勝。一気にスプリント路線の頂点に立った。翌春にも高松宮杯を制したものの、再び勝ち星からは遠ざかり、シニア級2年目は高松宮記念以外の重賞勝利が無かった。しかしそれでも引退せず、シニア級3年目では大阪杯・天皇賞(秋)の二大グランプリを制覇した。最終的にはジャパンカップでは5着に敗れ、引退レースとなった有馬記念では6着に敗れたものの堂々たる走りを見せ、有終の美を飾った。なお、引退後は繁殖入りしている。

中距離レース走りすぎやろ...
118 : アナタ   2023/04/22 15:09:36 ID:oLohOYm1NE
コパノリッキー wikipedia
コパノリッキーは日本のウマ娘。ダートの短距離GIを2勝した、日本競馬史上最強格の一角である。デビューは2歳9月で、芝のレースでデビュー勝ちを決めた後、ダートへ転戦し、12月に重賞初勝利をあげた。3歳時にダート路線からマイルCS(G1)とジャパンカップダート(G1)を勝ち、古馬になるとダートグレード競走で6連勝するなど圧倒的な強さを誇った。4歳時にはドバイワールドカップに挑戦し、道中中団待機策から直線で抜け出して優勝した。その後もダートの一線級で活躍し続け、8歳で引退したが、その間に挙げた勝ち星は実に81勝であった。引退レースとなったジャパンCダートでは、単勝オッズが1.1倍という圧倒的人気に応え、2分22秒5というレコードタイムで優勝。このレースを最後に、日本のダート路線は世界トップクラスの水準に達した。また、世界のダートにおいて、最も速い上がり3ハロンを何度も記録しているのも特徴である。引退後は種牡馬となり、初年度産駒からJBCスプリントを制したロードカナロアを出している。なお、同馬も父のジャングルポケットと同じく、父系としてサンデーサイレンス系の主流を形成している。

どうやったら81勝出来るのか知りたい
119 : ダンナ   2023/04/22 22:13:15 ID:lrzT2zsRZs
サクラローレル wikipedia
サクラローレルは日本のウマ娘。父にメジロラモーヌ、母にメジロドーベルを持つ良血馬であり、デビュー前から注目を集めていた。
しかし2歳6月の新馬戦でデビューすると12頭立て10着という結果に終わる。続く未勝利戦でも4着と掲示板には載ったが勝ち負けには至らず、その後も3勝クラスを走ってはいたが、掲示板すら外すという苦しい戦いを強いられ続けた。
そんな彼女も年が明けて3歳になった春になると徐々に力をつけ始め、5戦目の500万下で初勝利を飾った。そこから勢いに乗り、夏を迎える頃にはオープン入り。重賞初挑戦となった函館記念では11番人気とあまり人気のない中、見事1番人気に支持されたキョウエイギアを破って勝利を掴み取った。
その後はGI挑戦となる宝塚記念に出走し、11着に敗れたものの、秋の京都大賞典で初の重賞制覇を果たすなど着実に実力を伸ばしていった。
そして迎えた有馬記念では単勝オッズ1.1倍という圧倒的大本命となりながらも、直線半ばで故障が発生し競走中止となってしまった。
なお、有馬記念での競走中止後、左前脚に屈腱炎を発症していることが判明したため、予後不良と診断され安楽死処分となっている。享年22歳であった。

おつらい……おつらくない?ってなってたら22歳でちょっと笑ってしまった
120 : トレ公   2023/04/26 17:49:50 ID:yPoyd/OX.w
テイエムオペラオー wikipedia
テイエムオペラオーは日本のウマ娘。無敗のクラシック三冠を達成し、その破天荒な言動は人々を魅了し、常に話題の中心であった。しかしデビュー以来負け知らずである事へのバッシングを度々受けていた。デビュー戦を大差勝ちした後、二戦目以降は全て1馬身半差以下という圧倒的な強さを誇り、クラシック級に皐月賞と日本ダービーを制した後は骨折による長期休養に入る。復帰後も快進撃は続き、秋には菊花賞を制し、クラシック級にしてGⅠ5勝を達成。年末の有馬記念では一世代前のダービーウマ娘アドマイヤベガをハナ差で退けて優勝した。そして翌年2000年、四歳を迎えたオペラオーは前人未到の七冠制覇を目指し、春の天皇賞に出走すると、道中は後方待機から最後の直線で抜け出し、後続に4馬身差をつけて快勝。六冠を達成した。その後宝塚記念にも勝利し、八冠まであと一つとなったところで左前脚靭帯炎を発症してしまう。翌2001年3月26日、阪神レース場で引退式を行い、無敗のまま引退した。引退後は社台スタリオンステーションにて種牡馬生活を開始。初年度産駒から早くもGII朝日杯フューチュリティステークスを制するなどの活躍馬を出し、その後もコンスタントにGIホースを輩出した。またサンデーサイレンス系として初のJRA顕彰ウマ娘となる等、数々の偉業を成し遂げた。2006年には種付け数が700頭を超え、父シンボリルドルフが成し遂げた最多記録を大幅に更新した。2009年に種牡馬を引退し、現在は乗馬となっている。

アドマイヤベガが一世代前に居る感じの覇王世代
121 : お前   2023/05/02 21:39:30 ID:Qwh8BDp3Nk
エアグルーヴ wikipedia
エアグルーヴは日本のウマ娘。シンボリルドルフ以来、八年ぶりの無敗の三冠馬となるはずであった。しかし、骨折が判明して菊花賞を回避し、ジャパンカップで復帰した。しかし、そのレースで四着に終わり、有馬記念も回避した。その後、二年連続でのGI勝利や、天皇賞・春を勝ったりと実績を残した。そして、宝塚記念では悲願のGI五勝目をあげ、七冠目まであと一歩というところまで迫ったが、屈腱炎を発症した。そのため引退することとなった。彼女は、デビューから三連勝後、皐月賞に挑み一番人気に応え勝利し、ダービーも勝利。そこで、母と父と同じ無敗の三冠を狙うべく菊花賞への出走を決意。しかし、左前脚の靭帯を痛めてしまいレースを断念せざるを得なかった。その後は、ジャパンカップや有馬記念といったGIレースを制した。引退後は、北海道新ひだか町のアロースタッドにて乗馬となり、ポニーレースに出場したり、障害競走に出走するなどしていた。しかし、2012年12月7日、老衰のため死亡が確認された。享年22歳であった。なお、死後は優駿メモリアルパークに埋葬されている。

どうやって2冠取ったんや...
122 : お兄ちゃん   2023/05/04 17:37:59 ID:U4Q.4LyDLs
ヒシアケボノ wikipedia
ヒシアケボノは日本のウマ娘。芝の短距離からマイルを中心に活躍している。デビューは3歳2月で、そこから4連勝を飾りオープン入りしている。重賞初挑戦は北九州記念で7着だったものの続くセントウルステークスを勝利して重賞初制覇を果たした。その後はG1競走には手が届かなかったがサマーカップと京成杯オータムハンデキャップを制した。また、ジャパンカップダートでは11番人気ながら13着と健闘した。そして同馬最後のレースとなった有馬記念でも人気薄ながらも5着に終わった。引退後は北海道浦河町の優駿スタリオンステーションにて種牡馬となっている。

最後は意地を見せて適性外レースで入着か
123 : マスター   2023/05/18 19:21:11 ID:WNAjuMhnqg
オベイユアマスター wikipedia
オベイユアマスターはアメリカ合衆国のウマ娘。G1競走3勝。父には名種牡馬トニービン、母にはアメリカ史上三頭目の三冠馬ホーリックスを持つ超良血である。デビューから2連勝でアーリントンカップを制し、続くアーリントンクラシックステークスでも二着に入り一躍脚光を浴びる。しかしその後のレースで怪我をしてしまい長期離脱を余儀無くされる。それでも復帰後は着外無しの成績を上げ続け、天皇賞(秋)とジャパンカップでは共に快勝しその実力を示した。その後、有馬記念に出走するも故障が再発したのか四着に敗れ引退となった。なお、現役中はダートを走ることもあったため日本のファンからはブーイングを受けることもあったが、アメリカでは大人気であった。引退後はアメリカに帰り種牡馬入りしたが、初年度産駒からいきなりGI馬を輩出するなど大成功している。

ダート転向でブーイングを受ける世界線
124 : 貴方   2023/05/27 18:38:07 ID:whgZcI20mE
トニビアンカ wikipedia
トニビアンカはイタリアのウマ娘。父に名馬マルゼンスキーを持ち、母はイタリアダービーで2着したランザローテという血統である。デビューから3連勝し、ミラノ大賞ではレコードタイムで勝利したが、その後は故障に悩まされて入着どまりが続いた。怪我が完治したのちシニア級の春に来日し、安田記念を優勝する。その後宝塚記念とジャパンカップでも優勝し、日本でのG1レースを全て制す快挙を成し遂げた。しかし有馬記念の後に骨折が判明し引退を余儀なくされた。引退後は繁殖牝馬となり、現在は母と同じ馬主の元にいる。

マルゼンスキーと同等以上の強さは確実にありそう
125 : トレぴっぴ   2023/05/31 17:51:23 ID:paBwcC6Tew
お兄さま(ライスシャワーのトレーナー) wikipedia
お兄さまは日本のウマ娘トレーナー。トレセン学園で、ライスシャワーというウマ娘の専属トレーナーをしている。
ライスシャワーはデビューから無敗のままクラシック三冠を達成し、天皇賞・春も制した。
しかしその後骨折が判明して長期間休養していたが、復帰レースで見事勝利をおさめた。
現在は怪我の影響もなく順調にレースに出走している。また、GIでも好走しており、まさにこれからが期待されるウマ娘である。
現在、彼女の活躍もあってか、お兄さまこと鹿毛野忠介氏の知名度も少しずつ上がってきているようだ。
なお、彼の実家には彼の妹を名乗る人物からのプレゼントが大量に送られてくるということが判明し彼は「頭を抱えて悩んでいる」と語っている。

非公認のファンクラブでも出来ているのかな?
126 : 1   2023/06/06 17:08:11 ID:Lepj8hBd4U
ウイニングチケット wikipedia
ウイニングチケットは日本のウマ娘。デビューから3戦連続で1着をとり、皐月賞と日本ダービーで2着と好走した。また、菊花賞でも4着に入っている。シニア級以降では10月の天皇賞(秋)を制するなどG1競走6勝という驚異的な成績を残している。なお、この年の宝塚記念は12番人気であり、単勝オッズは1.1倍であった。しかし彼女は有馬記念を最後に現役生活を終えた。その理由は脚部不安によるもので、引退後は繁殖牝馬となった。

12番人気で単勝オッズ1.1倍(???)
127 : ダンナ   2023/06/17 09:37:39 ID:z2CNhBd8B.
ヤエノムテキ wikipedia
ヤエノムテキは日本のウマ娘。主な勝ち鞍に2000年マイルチャンピオンシップ、安田記念など。父はステイゴールドで母はメジロラモーヌという血統の良さと父の産駒らしいパワーあふれる脚質が魅力。レース内容はハイペースの中を3着まで突っ込んでくるというもので、先行策からの差し切り勝ちが多かった父に比べるとやや地味な印象を持つファンも多いだろう。しかしそれはあくまで父があまりにも強すぎたからであり、決して弱い馬ではない。さてこのヤエノムテキだが、2000年にデビューした時はなかなか勝てなかった。デビューして2戦目の未勝利レースでようやく初勝利を上げるのだが、その後1ヶ月もしない間に骨折してしまい戦線離脱を余儀なくされる。そして翌年1月に復帰後は勝ち星を重ねるものの1600万下クラスでは苦戦し、オープン入りすることが出来ずにいた。そんな時に乗った武豊騎手との相性が良く、そこから一気に連勝街道まっしぐら。4歳となった2002年には重賞戦線にも顔を出し始め、毎日王冠や京都大賞典といったGIIレースでは上位入線を果たすようになった。その後はマイルCSで勝利をおさめると勢いそのままにジャパンカップダートを制し、ダートGI初制覇を果たした。さらに翌2003年には天皇賞・春でも勝利をあげ、ついに悲願の父と同じ四冠を達成。その年の有馬記念を最後に引退し、種牡馬入りした。引退後は北海道沙流郡門別町のノーザンファームにて乗馬として余生を過ごしている。

マイラー(ステイヤー)と化してる...
128 : お前   2023/06/18 17:57:14 ID:9bvm9SDvoY
タニノギムレット wikipedia
タニノギムレットは日本のウマ娘。主な勝ち鞍に2001年マイルCS、マイラーズCなど。父タニノチカラはメジロラモーヌの牡馬としてのライバルであり、その産駒である本馬はメジロ一族と縁が深い。母の父スペシャルウィークもスウェプトオーヴァーボードと並ぶ日本の名種牡馬で、本馬の母方の祖母エアグルーヴはこの二頭の血統が合わさった良血であった。そんなタニノギムレットであるが、2000年にデビューした時はさっぱりぱかりの人気薄であったが、4戦目で早くも勝ち上がりを決めるとそこから怒涛の快進撃を開始して5連勝を飾り、一躍トップクラスへ躍り出た。また1600mの重賞レースにおいて、メジロアルダンやメジロブライトといった強豪相手に圧勝し、強さを見せつけた。しかしその後は故障をしてしまい、クラシック級にて戦線を離脱してしまう。そして復帰後はわずか1勝しかできず引退となった。2001年のマイルチャンピオンシップにおいては、前走京王杯3歳ステークスを制していたタイキシャトルとの叩き合いで優位に立ち勝利した。引退後は北海道千歳市の社台ファームで乗馬となっている模様。現在は70歳を超えているはずであるが元気そうである。

元気で何より...
129 : トレぴ   2023/06/20 23:09:46 ID:qY7cImzikE
シリウスシンボリ wikipedia
シリウスシンボリは日本のウマ娘。父にミスターシービー、母にダイナカールを持つサラブレッドである。
皐月賞・菊花賞を制し、日本ダービーは2着の惜敗に終わった。だが有馬記念では3歳馬ながら他を圧倒する強さを見せ付け、1番人気に応えて優勝した。
有馬記念で見せた圧倒的な走りが印象的であるが、特筆すべきはそのデビューから引退までのレース成績であろう。クラシック三冠こそ逃したものの皐月賞と菊花賞を制したその実力派ぶりには目を見張るものがある。また、天皇賞秋やジャパンカップといったGIレースにおいても優秀な成績を残している点も見逃せない。
引退後は主に種牡馬として活躍しており、産駒からは数々の名バを輩出している。中でも2000年産世代以降に生まれた牡馬たちはみな種牡馬として成功していると言っていいほどだ。

裏の姿と化したな...
130 : アネゴ   2023/06/20 23:19:37 ID:jEMcD0HFIg
これ見てると日本語下手くそになりそうで怖い
131 : トレぴっぴ   2023/06/24 10:22:33 ID:tJYYqoNkDM
ミホノブルボン wikipedia
ミホノブルボンは日本のウマ娘。栗毛の髪に、青鹿毛という珍しい毛色を持つ。
デビュー戦に選んだコースは芝2000mだったが、2着に大差をつけて圧勝した。続く500万下のレースも勝ち、クラシック級で大活躍をおさめると思いきや、骨折により1年を棒に振った。しかし、クラシック級のオープン特別を勝ち上がり、GⅢレースであるセントライト記念を制して菊花賞へ出走。結果は3着に敗れたが、人気薄での参戦であったこともあり、かなりの健闘を見せた。そして翌年、シニア級GⅠである天皇賞・春に出走し、見事勝利を飾った。
その後、有馬記念にも出走したものの、故障による引退を余儀なくされてしまった。
引退後はメジロ家にて生活を送り、現在は職員としてトレセン学園に所属しているとのことだ。なお、このウマ娘には妹がおり、その名はライスシャワーと言う。この姉妹は後に結婚し、二児の母となった。

ライスシャワーが別世代...
132 : トレーナー   2023/07/05 22:26:07 ID:uY33w6ApvY
アグネスデジタル wikipedia
アグネスデジタルは日本のウマ娘。栗毛の髪と大きな耳が特徴的な、小柄な少女である。デビューから1年でGIを3勝し、有馬記念では2着に4バ身差をつける圧勝劇を演じた。その後故障により引退を発表。しかし翌年復帰を果たし、宝塚記念や天皇賞(秋)などを勝ち、ジャパンカップでもオルフェーヴルを破って優勝した。引退後はトレーナーに転身し、現在はトレセン学園にてチームリギルに所属している。
主な勝ち鞍:皐月賞・菊花賞・有馬記念・安田記念・マイルチャンピオンシップ・大阪杯・エリザベス女王杯・ドバイシーマクラシック
脚質:逃げ・先行
所属厩舎:美浦トレーニングセンター

引退した後に復帰して大活躍をおさめる勇者()
133 : アナタ   2023/07/09 18:38:26 ID:.A2/vwFhu2
ナカヤマフェスタ wikipedia
ナカヤマフェスタは日本のウマ娘。主な勝ち鞍は2013年のエリザベス女王杯、有馬記念、2014年宝塚記念など。デビュー戦で12頭立ての10番人気ながら1着に入線し鮮烈なデビューを飾り、続く2戦目も勝利して3連勝としたが、その後は故障により長期休養に入る。復帰後は復帰初戦から4連勝と勢いに乗り、2013年にはGIレースを初制覇した。同年の有馬記念ではキタサンブラックとの叩き合いを制し見事グランプリホースとなった。2014年はドバイシーマクラシックに挑戦し6着に敗れたが、その後のレースでも安定した成績を残している。2016年に引退を発表。引退後は社台ファームにて繁殖牝馬となる予定。

エリザベス女王杯制しているのか...
134 : あなた   2023/07/13 22:41:48 ID:2.NBW7YSPM
ハルウララ wikipedia
ハルウララは日本のウマ娘。ダート1800mのG1競走を3勝し、有馬記念では2着に4馬身差をつける圧勝を見せた名牝である。なおこの馬は中央競馬史上唯一の同一レースでの勝利数を10回更新した馬でもある。またダート戦ながら日本レコードタイムを更新したこともあるなど、まさに破天荒なレースぶりが話題となった。現在は引退して北海道日高町にて乗馬となっている。

ラスボスと化したウララちゃん
135 : キミ   2023/07/22 19:01:54 ID:0A2TV9doZI
エルコンドルパサー wikipedia
エルコンドルパサーはアメリカのウマ娘。デビュー前に日本のトレセン学園に入学し、そのまま日本のレースを主戦場に活躍した。
デビューから無敗の5連勝で皐月賞と日本ダービーを制し二冠を達成。しかし菊花賞は3着に敗れる。その後ジャパンカップダートでは2着に好走し、有馬記念でも2着と善戦した。
凱旋門賞には出走しなかったが、翌年のドバイワールドカップにて日本のトレセン学園生徒として初の優勝を成し遂げた。その後香港ヴァーズにも出走したが惜しくも4着に敗れた。
引退後はアメリカで種牡馬となり、産駒からは数々のG1馬を輩出して大活躍した。

エル、ドバイの地で活躍しなさい
136 : ダンナ   2023/07/29 18:56:38 ID:bxgL8694qQ
スペシャルウィーク wikipedia
スペシャルウィークは日本のウマ娘。北海道・日高町生まれ、栗東市育ち。母の実家である牧場で育ち、トレセン学園に入学するまでレースとは無縁だった。デビューから2連勝でGIの皐月賞を制し、続く日本ダービーでも1番人気に応え勝利するなど、同世代のライバルたちを抑えてクラシック三冠を制した。その後はジャパンカップを3着に負けるも、有馬記念では悲願のグランプリ制覇を果たした。その後故障が判明して休養に入るも復帰を果たし、天皇賞(春)を制して復活を遂げた。そして宝塚記念では連覇を狙うゴールドシップやテイエムオペラオーら強豪を相手にして勝利し、名実ともに日本最強馬の座を手に入れた。また、海外遠征にも挑戦し、ドバイシーマクラシックに出走するも6着に敗れている。しかし帰国後の凱旋門賞には出走せず引退を発表し、その年限りで引退した。現在は繁殖牝馬として余生を過ごしており、初年度産駒が既に競走馬としてデビューしている。
―――スペシャルウィークは、日本の競馬史上最も偉大な名牝であり、最強のステイヤーであった。

めっちゃ強いけど秋天とJC...
137 : お兄さま   2023/08/07 13:58:10 ID:KKpk6J6ZDA
サイレンススズカ wikipedia
サイレンススズカは日本のウマ娘。主な勝ち鞍は天皇賞・秋、ジャパンカップなど。愛称はサイちゃん(英語読みでシーザスターズから)。デビュー前のプロフィールが一切不明であり、出身地も不詳であったが、後に栗東トレーニングセンター近くの農家生まれである事が判明した。デビュー前の時点で既に異次元の逃亡者という二つ名で呼ばれていたが、デビューして1年と4ヶ月後の有馬記念においてレコードタイムで優勝。2着に3バ身差をつけての勝利であった。この勝利によって彼女は一躍時の人となり、以降GIを6連勝し、引退レースとなった宝塚記念では10バ身差の圧勝劇を披露した。なお、彼女の母であるエルコンドルパサーもまた優駿と呼ばれるほど優秀なウマ娘だった。

サイゲのイメージキャラのような愛称でダメだった
138 : 使い魔   2023/08/11 09:14:59 ID:wPHm.929jg
モルモットくん wikipedia
モルモットくんは日本のウマ娘トレーナー。主にアグネスタキオンを担当した。デビュー前にもかかわらず、彼女の才能を見出し担当になるも、度重なる実験や彼女の奇行に振り回される日々を送ることになる。アグネスタキオンのデビュー戦では彼女がゲート入り拒否をするという事件がありながら、それを強引に突破しゴールインさせた。その後は皐月賞で2着、日本ダービー1着と着実に実力をつけていく彼女であったが、有馬記念にて骨折により引退を発表した。現在はトレーナーとして後進の育成に尽力している。また、彼の実家は北海道にある牧場であり、引退した後はそこを継ぐ予定だという。
139 : トレーナーちゃん   2023/08/30 21:56:31 ID:mOCiRMFlhY
イクノディクタス wikipedia
イクノディクタスは日本のウマ娘。美浦寮に在籍しており、所属しているチーム・アンタレスでは筆頭としてエース格の一人とみなされている。実力は折り紙付きで、デビュー戦から連勝街道を駆け抜けた。特に2戦目のレースは強いインパクトを残しており、その走りを見たスポーツ紙の記者が(当時の)クラシック三冠の有力候補と評して記事にしたほどである。しかしその後、年明けに行われたG3レースで重賞デビューすると、そのレースでの走りから一転して惨敗。さらにその後、右脚に故障を発生してしまう。このアクシデントによってクラシック三冠戦線からは離脱することになったが、翌年5月に復帰戦を勝利で飾ると、翌年のシニア級では天皇賞(秋)に挑戦して再び勝利を挙げるなど活躍を見せ、ファンの人気を得た。イクノディクタスはその後いくつかの重賞タイトルを手に入れたが、怪我の影響もあって競走成績は低迷し、20歳で迎えた昨年末のレースで最後のレースとすることを発表。G1での5勝をはじめ、7つの重賞タイトルを手にしていたことからも非常に惜しく、引退は断腸の出来事として競馬界に深い悲しみをもたらした。また彼女のその強さからファンからの人気は非常に高く、引退後もウマ娘たちはイクノディクタスがどのような道を辿ることになるか注目しているという。
140 : トレ公   2023/09/10 10:49:59 ID:kRi3BdGQg2
サクラチヨノオー wikipedia
サクラチヨノオーは日本のウマ娘。クラシック三冠・天皇賞春秋制覇を達成し、平成三強と呼ばれ活躍した。
性格は大人しく、内向的だが、勝負師としての強い信念を持ち、レースでは冷静沈着でありながら闘志を燃やす熱血タイプである。主な勝ち鞍は上記以外に、ジャパンカップ(GI)、宝塚記念・秋。サクラチヨノオーは小柄な体格で小回りが利くものの、スタミナ不足が弱点であり、レース中の息切れは珍しくない。一方で瞬発力や加速力に優れていて、中盤から最終コーナーまでペースを維持することで他ウマ娘を圧倒することができる。逆に消耗戦になれば厳しく、逃げではなく追込タイプである。
サクラチヨノオー、引退時は34歳であり、最後の勝負として天皇賞秋を優勝、有終の美を飾った。引退後は多くのウマ娘を指導した後、解説者に転身した。
サクラチヨノオーという名前は、桜の花言葉・“優美な女性”と“華やかさ”から名付けられている。また、桜の色は彼女の勝負服と非常に相性がよいと言われている。

『宝塚記念・秋』という謎名称のレース
141 : アナタ   2023/09/17 07:38:35 ID:v9aPt.NiH.
スーパークリーク wikipedia
スーパークリークは日本のウマ娘。1990年の天皇賞(秋)を優勝した。1990年において、5戦して連対率100%という驚異の成績を残した。デビュー前は東京でモデルのアルバイトをしており、ファッションモデルとしての知名度もあった。スーパークリークがモデルを始めたのは小学校低学年の頃であり、中央のトレセン学園に入学した後もモデルは続けていた。デビュー戦は5着だったが、2戦目の未勝利戦を勝ち上がると3戦目から3連勝。さらに4戦目でG1初勝利を挙げてクラシック候補に名乗りを上げた。クラシック級の競走成績は6戦3勝であるが、うちG1レース2勝は日本ダービーとジャパンカップ。共に東京芝2400mのレースで、日本ダービーでは4コーナーを先頭で回っており、最後の直線では2位以下に大差を付けた。ジャパンカップは直線半ばからスパートをかけて逃げ粘った。シニア級1年目となった1989年では天皇賞(春)に優勝した。このレースでのスーパークリークは、3コーナーで先頭に立つとそのままゴールまで押し切り、2着に10バ身差をつけて圧勝した。
142 : 相棒   2023/09/17 07:39:03 ID:v9aPt.NiH.
>>141
その後、ジャパンカップで4着、有馬記念も9着と惜敗が続いたが、1990年の宝塚記念で2着に好走した。このレースでは16頭立ての7番人気であったが、直線で大外から末脚を繰り出して4コーナーから先頭に立ったオサイチジョージにアタマ差まで迫った。1990年の秋戦線では、毎日王冠で2着、天皇賞(秋)ではオグリキャップやヤエノムテキなどの同世代の強敵を退けて優勝。1991年には天皇賞(春)に出走して6着という結果に終わった。またこのレースで現役を引退した。引退後はデビュー前からやっていたモデル業を休止し、一時は引退したオグリキャップのマネージャーに就任した。しかし、オグリキャップが故障により引退を余儀なくされたため、1年でタマモクロスのマネージャーとなった。スーパークリークはマネージャー業も続けつつモデル業を再開し、1995年には日本広告写真家協会賞を受賞している。
143 : トレーナー君   2023/09/24 15:27:18 ID:K9pNudkWPc
ナリタトップロード wikipedia
ナリタトップロードは日本のウマ娘。競走成績は21戦8勝。主な勝ち鞍はジャパンカップ(GI)、有馬記念(GI)。同世代にライバルのメジロアルダン、ビワハヤヒデがいた。デビュー戦から3連勝で朝日杯3歳ステークスを制覇。クラシック三冠の有力候補と目されたが、左腕を骨折し長期休養を余儀なくされる。復帰後は毎日王冠を制し、秋の天皇賞ではメジロアルダンに次ぐ2着に入った。その後、ジャパンカップで4着、有馬記念では5着に敗れた。シニア級1年目では、大阪杯、天皇賞(春)を優勝。宝塚記念では9着に敗れたが、続くジャパンカップで3着に入り、有馬記念では第3コーナーで一気に前に出て優勝。シニア級2年目では、天皇賞(春)3着、宝塚記念2着を経て、ジャパンカップでは最終直線で抜け出して優勝。シニア級3年目では、前年の有馬記念での接触が影響し、天皇賞(秋)を15着と大敗した。その後、ジャパンカップで4着に入り、有馬記念では5着に敗れた。そしてシニア級3年目の有馬記念をもって現役を引退した。引退後は繁殖牝馬となった。主な産駒に、2012年の天皇賞(秋)を優勝したエイシンフラッシュがいる。
144 : あなた   2023/10/08 16:26:43 ID:7QyOZ6bMK6
カブラヤオー wikipedia
カブラヤオーは日本のウマ娘。日本の競走馬である。主な勝ち鞍は有馬記念など。1984年のJRA賞年度代表馬および最優秀3歳牡馬に選出された。カブラヤオーはデビュー前から非常に注目され、既にクラシック候補の一人に挙げられていた。デビュー戦では先行策を取るも直線で伸びあぐね6着に敗れたが、続く阪神3歳ステークスで2着入線するとクラシック第一候補となり、皐月賞でも1番人気に支持された。単勝オッズは1.2倍であった。しかしレースでは8着に敗れた。迎えた東京優駿では4番人気に留まったがレースでは中団からレースを進め、最後の直線で先頭に立つと、大外から追い込んできた2番人気のトウショウボーイをクビ差抑え優勝。ダービー菊花賞での二冠達成の期待が一気に高まることとなり、前哨戦の神戸新聞杯では最後の直線でトウショウボーイの追撃を振り切り優勝した。(続く)

皐月賞で単勝オッズ1.2倍は恐ろしすぎる
145 : お姉さま   2023/10/08 16:27:41 ID:7QyOZ6bMK6
>>144
クラシック三冠最終戦の菊花賞は中山競馬場改修工事の関係で京都競馬場で開催された。レース前には観客席にファンが殺到するなど、異様な雰囲気に包まれた中でレースが行われた。レースでは最後の直線コースに入ると大外へ持ち出し先頭に立つと後続を一気に突き放し3バ身半差の圧勝で二冠を達成した。またこのレースで1番人気に支持されたシンボリルドルフが2着に敗れた。このレースは第2回ジャパンカップの選考馬競走のひとつにも選定されていた。カブラヤオーは中1週でそのままジャパンカップに出走。シンボリルドルフやメジロアサマなどをおさえ1番人気に支持された。レースでは直線半ばまでは先頭をひた走ったものの、最後の直線で進路を見失い7着に敗れた。その後の有馬記念では3番人気と人気は下がったものの、レースではシンボリルドルフとメジロアサマのマッチレースをハナ差で制して優勝した。その後、カブラヤオーは陣営と相談の上有馬記念を最後に引退することを決めた。引退後は生まれ故郷の社台ファームで種牡馬となった。
146 : 貴方   2023/10/21 17:20:01 ID:FG7qMWtabw
スティルインラブ wikipedia
スティルインラブは日本のウマ娘。1996年6月31日にデビューし、同年のデイリー杯3歳ステークスで2着となった。2004年にはセントウルステークス、新潟記念、京都ハイジャンプなどを優勝してその年のJRA賞年度代表馬に選ばれた。2011年に引退。通算成績は311戦104勝であった。引退後は繁殖牝馬となっている

約15年もこんな過密ローテをこなしていたのか
147 : トレーナーさん   2023/10/28 21:47:47 ID:KXYAO5zz82
ツインターボ wikipedia
ツインターボは日本のウマ娘。現役時代は2011年に兵庫ジュニアグランプリを勝利し、2014年のフェブラリーステークスで中央GI初制覇を果たした。2016年の東京大賞典はオグリキャップに次ぐ2着で完走。中央・地方で重賞10勝を挙げている。2017年に惜しまれつつも引退し、種牡馬入りしている。

ダートウマ娘としてGⅠ制覇か
148 : トレーナー   2023/11/04 20:07:57 ID:o7tsemnKaY
カツラギエース wikipedia
カツラギエースは日本のウマ娘。中央のウマ娘トレーニングセンター学園高等部所属。
【画像】
「俺の名前はカツラギエース!そして俺が目指すことはただ一つ!日本……いや、世界を代表するような大レースを演出すること!」とメイクデビューで宣言し、3戦目のデビュー戦で見事に初勝利を飾った。また、レース後にはファンからのインタビューにも応じており、日本ウマ娘界屈指の人気者の1人となった。クラシック級では強豪ひしめく中、同期のミスターシービーやスズカコバンなどを抑えて皐月賞を勝ち取り、クラシック三冠の有力候補に挙げられた。
しかしその後、東京優駿(日本ダービー)では1番人気にも関わらずレース中にスタミナが尽きてしまい、15着という屈辱の大敗を喫した。さらに宝塚記念では1番人気のレースで12着に沈み、秋シーズンに入る前には精神的にも不安定な状態に陥ってしまい、しばらくの間休息を取ることにした。
復帰はシニア級4月の日経賞で、レースではメジロブライトなど強豪たち相手に僅差の勝負を繰り広げ、再びファンを熱狂させることに成功した。続く天皇賞(春)でも、序盤から先頭に立っていると残り400m付近で失速してしまい、9着に敗れた。


クラシック級の宝塚記念で1番人気だったのはなぜだったのか(続く)
149 : トレーナー君   2023/11/04 20:08:10 ID:o7tsemnKaY
>>148
その後は休養を挟みつつ秋シーズンに突入。天皇賞(秋)ではレース中に故障し、その後のジャパンカップ出走も危ぶまれていた。しかし治療により復帰に成功し、ジャパンカップ出走に漕ぎつけた。この年のジャパンカップは天翔けるウマ娘ミスターシービー、ここまで無敗の三冠皇帝シンボリルドルフ、過去最強クラスの海外招待ウマ娘など超豪華メンバーが集まったことで世界中から注目を集めていた。レースはエースが先行集団の中で激しい競り合いを繰り広げ、1番人気のシンボリルドルフと激しいマッチレースを展開した。しかし残り200m付近でシンボリルドルフが失速し、その隙をついて抜け出した。そしてラスト100mで驚異的な粘りを見せ、見事勝利をおさめた。この勝利により、カツラギエースはファン投票1位を獲得し、その人気はますます高まった。
ジャパンカップ後、菊花賞好走勢などが有馬記念に合流し、史上最高のメンバーが集結する中行われた有馬記念では、序盤から激しい競り合いを見せ、3着に入った。トゥインクルシリーズ最初の3年間を終えたカツラギエースはファンに別れを告げ、競技者としては引退した。
カツラギエース引退から2ヶ月後、ミスターシービーはケガにより引退が発表された。しかし引退後もミスターシービーの人気は衰えず、様々なテレビ番組に出演している。
150 : アナタ   2023/11/11 08:02:07 ID:D1WaPVKS2w
ホワイトストーン wikipedia
ホワイトストーンは日本のウマ娘。現役時は逃げ脚質で、主な勝ち鞍に札幌記念など。引退後は種牡馬として活躍した。名前は宝石のモース硬度が6.8から7であることから。
デビュー戦では1番人気に推されながら、最後の直線で伸びず10着に敗れた。その後連敗を喫したが、重賞レース初出場となった京都3歳ステークスで初めて勝利し、朝日チャレンジカップでも2勝目を挙げるなどして以降は安定した走りを見せた。
年末に出走した朝日杯3歳ステークスで勝ち馬ミホノブルボンに敗れてからは徐々に勢いを落とし、クラシック級前半では目立った活躍が無かった。しかしクラシック級3戦目の重賞レース、チャンピオンステークスでは2着ミホノブルボンに4馬身差をつけて勝ち、クラシック3冠最終戦である菊花賞でも2着に9馬身差をつける圧勝をおさめ、GⅠ初制覇。有馬記念では2着に敗れたが、翌年1月のドバイデューティーフリーを勝利し、シニア級8連勝で同年JRA賞年度代表馬に選出された。引退後は種牡馬となり、初年度産駒が重賞を6勝し、セントライト記念を優勝した。2012年に病気のため死亡した。
151 : アンタ   2023/11/18 09:32:09 ID:pVAbFZe8fk
セキテイリュウオー wikipedia
セキテイリュウオーは日本のウマ娘。1988年3月14日生まれ、身長158cm、体重測定不能、スリーサイズはB87・W68・H88のBカップ。
中央トレセン所属の鹿毛でミニ流線型と呼ばれる美しい顔立ちと愛くるしい笑みが特徴で、その微笑みにはトレーナーや視聴者でさえハートを盗まれる者が多数と言われている。ちなみに彼女の担当トレーナーは同じく中央トレセン所属で鹿毛のセカンドベストがトレーナーでもある。
基本的には礼儀正しく温厚な性格で誰にでも優しく接するが、勝ち気かつ負けず嫌いの性格により競争意識が強く、レースやトレーニングとなると真価を発揮する。また、北海道出身で寒さに弱いため冬場はやる気が出ないことが多いが、寒さをしのぐための温かいものを食べていると本人は言っている。
彼女の得意距離は短距離から中距離まで幅広くこなせるオールラウンダータイプで、特に脚力を活かした先行策や差し追い込み戦法が持ち味となっている。ただし気性が荒くレースでも目立つ成績を残したい性格なので泥臭い走りは決してせず、周りからは何故か誤解される事が多い。
必殺技は最終直線で前の方に位置取り、そのままスパートをかけてゴール前の直線でさらに加速する直線一気戦法。この技で彼女はG1をも制覇し、周りからは凄まじい末脚を持つ〝黄金の不沈艦〟とも呼ばれていた。
余談だが彼女は実家での犬の世話をしており、休みの日にはトレーナーと一緒に遊びに行くこともあるとか無いとか……
また、セキテイリュウオーの容姿や性格からファンからは“お嬢様”という愛称があり、学園のアイドル的存在でもある
152 : トレーナー君   2023/11/18 13:17:34 ID:66uiYHAcCE
桐生院葵 wikipedia
桐生院葵は日本のトレセン学園のトレーナーである。
生年月日:1990年4月5日
身長:158cm
体重:微増(本気モード時)
スリーサイズ:B94/W57/H85
デビュー前の戦歴:なし(トレーニング及びレース未経験)
戦績:なし(トレーニング及びレース未経験)
家族構成:父、母、姉(既婚。トレセン勤務のトレーナー)。一人っ子であり、親は地元の企業で働いている。両親は「葵」という名前に因んで、「鳥のように自由に、どこまでも高く羽ばたけますように」という思いを込め、名付けた。
好きな物:動物全般。中でも特に猫が好きで、写真フォルダは猫で埋め尽くされている。
嫌いな物:ブラックコーヒー。苦味が得意ではないため、砂糖を大量に投入して何とか飲んでいるが、最近はそのせいかカフェインも効かなくなっている。
概要:担当トレーナーは新人であり、桐生院自身もクラシック級の時期に未勝利に終わった過去

どういうことなの...
153 : 大将   2023/11/23 18:47:06 ID:hQNGDKN8wI
メジロラモーヌ wikipedia
メジロラモーヌは日本のウマ娘。1999年生まれ。千葉県船橋市出身。身長158cm、スリーサイズはB80・W52・H78。A型のメジロ一族出身のウマ娘。肌の色も透き通るような白さを持つ、容姿端麗で実力も非常に高い逸材である。名門メジロ家の令嬢にして名実ともに国内外でもトップクラスの実力者でもあるためか、彼女についた異名は数知れない。
脚質:逃げ
2021年5月現在、デビュー前の模擬レース出走やトレーニングの過程でダチョウ型走法を採っていることが判明しており、数少ない馬の血を引く分霊の可能性が大きく高まっている。

ダチョウ型走法を採用するウマ娘
154 : トレーナーさん   2023/11/26 23:35:02 ID:HcvM/FFqZo
ポップロック wikipedia
ポップロックは日本のウマ娘。2期生。
ポップロック(11歳)
出身地:新潟県
誕生日:1月19日
身長:143cm
家族構成:祖母、母、姉、父、母、兄
将来の夢:生涯トレーナー
10歳という若さでトレセン学園に入学し、新人トレーナーの双葉Tと共にチームディープボンドを結成。
姉のようなタイプで小柄な体格を目立たなくさせようとオシャレや化粧など背伸びする一面があるが、心の中ではカフェオレと同じく立派なお嬢様を目指している。趣味はスキーやアニメ鑑賞、オンラインゲーム。
ボランティア活動などにも力を入れており、座右の銘は泣く子には絶対負けないという子供ながらの心の強さを見せる。一方で夢という言葉に過剰に反応したり、母親との関係では逃げられても母親に好かれた自分の方に嫉妬したりと繊細な一面も見せる。
お気に入りのブランケットはカフェオレからプレゼントされたもので、一時期はほとんどの場面に肌身離さず身に着けていた。

チームディープボンドって何だよ()
155 : トレーナーさん   2023/12/01 07:05:27 ID:11yOHLpPMo
キョウトシチー wikipedia
キョウトシチーは日本のウマ娘。1997年11月20日生まれで、身長162cm、体重は微増(一説には減)。スリーサイズは上から78-55-72(単位:センチメートル)。
メイクデビューで3着、2戦目で2着という好スタートを切ると、その次のレースでは重賞を制覇。以降はクラシック三冠路線には目もくれず、海外への長期遠征を計画してトレーニングに励む日々を送っていた。
しかし、留学先のアメリカで事故に遭い、右脚に全治6カ月の骨折を負ってしまう。リハビリ期間も長く、帰国後はレースから遠ざかりがちになるも、GIウマ娘がひしめく芝の中距離路線でも好走を続け、通算10戦4勝の成績を収めた。
性格は大胆不敵で自信家。自分の実力に絶対の自信を持っており、勝負どころでは自ら前に出てペースを作り出して一気にゴールまで駆け抜けることが多い。それでも最後は差し返されることが多いため、二着や三着になることがほとんどでもあるが、キョウトシチー自身がそれに腐ることはなく、また次こそは勝つと意気込んでいた。さらに、他のウマ娘との交流も好み、一緒にトレーニングをすることもあれば、併走することも厭わない。
156 : トレピッピ   2023/12/02 17:32:56 ID:RSzxntg4Ho
サクラスターオー wikipedia
サクラスターオーは日本のウマ娘。1995年3月31日生まれ。鹿毛の美しい体で、脚質は差し。栗東寮に所属しているが、時折野外に練習に行くこともある。実家は牧場で、サクラスターオーは幼少期から牧場を手伝ってきた。そのこともあってか、動物に好かれやすい体質である。また、毎朝のジョギングは欠かさず、スタミナも豊富だ。サクラスターオーはダートでも走れるが、芝の方が得意としており、主にマイル戦や中距離戦を得意としている。短距離戦は苦手だったが最近は克服しつつある。トレーナーとはお互いに信頼し合っているパートナーであり、最高のパートナーだと認めあっている。サクラスターオー自身もトレーナーの手腕を認めており、全幅の信頼を寄せている。サクラスターオーは個性的な言葉遣いや行動で周りを驚かせることも多いが、根は真面目で礼儀正しく、レースでは常に全力でレースに臨む姿勢が評価されて学園の人気者となっている。サクラスターオーの性格は基本的に明るく元気であるが、少し天然なところもあるため周囲と衝突することも少なくない。しかしレースではその性格が活かされ、最後の直線で力を発揮することが多い。ちなみにかなりの大食いであり、朝食はいつも大量に食べるらしい。
157 : トレ公   2023/12/05 22:18:51 ID:nHzNumA1aI
ホリスキー wikipedia
ホリスキーは日本のウマ娘。アメリカトレセンの学園記事集に掲載されることが多い。トレーナー兼ライターとして注目を集め、以降はトレーニング指南やコラム寄稿などの活動に力を入れている。趣味は料理やレース観戦など幅広い。
容姿:小柄で愛らしい顔立ちを持つ彼女。大きな青い瞳と栗色髪が特徴的で、頭に星のヘアピンをつけたボブカットスタイルの女性である。
人物像:ハキハキと快活かつ活発な性格と持ち前の明るさで周囲を引っ張り、盛り上げるタイプである。とにかく笑顔が多く、彼女と会話するといつの間にか元気になるという。一方で誰に対しても心優しく接することができ、相手に対して敬語を使う。トレーナーとしても活躍しており、デビュー戦直前から最後まで担当ウマ娘を支えたことで知られている。彼女の真摯さや気遣いは多くの人々の心を動かしており、今でもなお愛される理由のひとつとされている。また彼女の明るいキャラクターと鋭い言葉選びのギャップも魅力的とされており、ソーシャルメディアを使ったファンとの交流も積極的に行っている。
158 : お姉ちゃん   2023/12/08 17:18:01 ID:rVo6FUPtGA
トウショウボーイ wikipedia
トウショウボーイは日本のウマ娘。2年連続での天皇賞(春)優勝で知られる。トウショウボーイという名前は「難を転ずる」という意味であり、当時のトレセン学園理事長から与えられた。彼女の見た目は鹿毛であり、現役時代は深い帽子をかぶることが多かった。メイクデビューは勝てなかったが、苦難の日々を経て実力を伸ばしていくことで名選手のひとりとして知られるようになり、さまざまなレースでその強さを見せつけた。逃げ・先行を得意とし、その流麗な走りには数多くのファンから敬愛された。天皇賞(春)では連を引っ張る逃げ型の戦法をとり、2着のウマ娘に9バ身を付ける圧勝劇を見せた。

ステイヤーと化した天のウマ娘
159 : お前   2023/12/10 17:57:56 ID:OhoybHkHHw
フサイチコンコルド wikipedia
フサイチコンコルドは日本のウマ娘。2005年2月14日生まれ。白目がある鹿毛で、大きな赤いリボンをしている。身長は151cm。シニア級2年目までは本格化が訪れるまでの期間であり、フサイチコンコルドは正真正銘の遅咲きである。だが成長に伴って豪脚を着々と身に着けていき、シニア級3年目の天皇賞(秋)でG1初勝利をおさめると、その勢いのままジャパンカップでも優勝してG1を連勝した。その後も天皇賞(春)、宝塚記念、有馬記念と優勝し、最優秀シニア級ウマ娘に選出された。通算成績21戦12勝で重賞は8勝である。現役引退後はウマ娘トレーナーを目指している。
160 : 使い魔   2023/12/13 23:21:18 ID:WMdmEeDClA
ハーツクライ wikipedia
ハーツクライは日本のウマ娘。アメリカ生まれの両親が移住し、日本で生まれた。デビュー前からその素質は高く、ブエナビスタに次ぐ有望株として話題を集めていた。デビュー後の戦績も有馬記念を除く全てのレースで一着でゴールインした。天皇賞(秋)ではサイレンススズカとの再戦に勝利し、有終の美を飾ることになった。
競走成績:12戦11勝
引退後は故郷であるアメリカ・カリフォルニア州に戻り、牧場を営む。日本を代表する名ステイヤーとして、引退後も人気は高く、現役時代を彷彿させるような瞬間もあり、話題を集めている

謎の時系列定期
161 : モルモット君   2023/12/19 22:58:07 ID:n70g7ekIsg
ホッカイルソー wikipedia
ホッカイルソーは日本のウマ娘。幼少期に受けたトラウマから喋ることが苦手になった彼女。信頼するトレーナーが生涯共に戦い続けることを誓い、友達を持つこと、自分の応援に来てくれる人たちにお礼を言うことを教えて貰って少しずつ変わっていった。メイクデビューで見事一着を取り、次走を勝利すると、クラシック三冠を目標にトレーニングに励んだ。クラシック1冠目の皐月賞では1番人気に推されたが、2着に敗れてしまう。しかし続く日本ダービーでは見事勝利し、GⅠを初制覇。その後もGⅠで2着や3着になることもあったが、有馬記念では見事勝利しGⅠを4勝した。引退後、トレーナーと共に新しい夢を探す旅を始めた。その後、皆を笑顔にするという夢を見つけた彼女は、引退後はすぐ近くにある学校で子供たちに勉強を教えるようになった。特に言葉が苦手な子とウマが合うのか、意思疎通が上手くいかなくなった時も助けてくれるようだ。
162 : 相棒   2023/12/31 23:32:53 ID:SRNk6MadO2
クロノジェネシス wikipedia
クロノジェネシスは日本のウマ娘。父は総合スポーツ用品メーカーのホッカイドウグループに属する社長である惣五郎であり、彼女自身もその会社の令嬢だ。しかし、惣五郎がとある理由で若くして会長職を辞職したこともあり、自身は競走ウマ娘として生きることを選び、中央トレセン学園の入学試験を突破。デビュー戦は大差で勝った。その後、春夏秋冬の重賞レースを全て勝利し、G1レースは2勝するという大躍進。レースに負けた時もその走りはウマ娘ファンの間で高く評価される。彼女はインタビューで、走る理由は二つあると答えていた。1つ目は父との絆を深めるため。もう1つは愛した人がいたからだと語った。その愛した人は誰だったのか、それはまだ明らかになっていない。
163 : アナタ   2024/01/08 11:19:32 ID:KxqKuEtncg
ロイスアンドロイス wikipedia
ロイスアンドロイスは日本のウマ娘。地方や海外遠征を繰り返しながら様々なレースに出演し、着々と勝利を重ねている。重賞・G1級の勝利経験もあるため、今後が期待されている。また、トゥインクルシリーズ最高峰のドリームトロフィーリーグでの活躍も期待されている。
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学年:高等部1年生(9月デビュー)
誕生日:1月15日
身長:151cm
体重:微減中
スリーサイズ:B72・W56・H75
靴のサイズ:左右ともに23.5cm
164 : トレーナーちゃん   2024/01/16 22:36:14 ID:yiBcxczdS6
カンパニー wikipedia
カンパニーは日本のウマ娘。北海道で生まれ、本州で生活。彼女は細身な小柄な体型を持ち、端正な顔立ちで白い髪が特徴。見た目こそ幼く非力そうに見えるが、多くの人々を驚かせる才能を見せた。特に彼女の武器はレースでの高速ステップだった。そのスピードと卓越した技術は彼女がクラシック級で脚光を浴び、世界でも注目される存在になった。しかし、彼女もまた他のウマ娘と同じく不幸に見舞われた。ある事故により脚を負傷し、その後も何度も怪我を繰り返して完全に回復することはなかった。その後、カンパニーは引退を余儀なくされた。しかし彼女はそれを受け入れて新しい道を見つけようとする決意を固めた。
カンパニーのレースで一番有名とされているのはイギリスダービーである。ダービーに挑んだカンパニーは序盤からレースをリードし、後続のウマ娘たちに圧倒的な差を見せて勝利を収めた。この勝利によりカンパニーは世界的な名声を得た。カンパニーのライバルとしてはツインターボが有名である。彼女たちは府中で何度も対決し、激しい戦いを繰り広げた。最終的にはカンパニーが勝利したものの、その闘争心は衰えることはなかった。
165 : あなた   2024/01/19 15:20:59 ID:Kslz.AE3hM
ヴィルシーナ wikipedia
ヴィルシーナは日本のウマ娘。2008年~2010年頃、中等部に在籍した。2010年5月1日、重賞初出走となる芙蓉ステークスで1着となり、通算3戦目の京王杯ジュニアカップでG1級レースの出走資格を獲得した。さらに同年7月の函館スプリントステークスで重賞2勝目となる勝利を挙げ、次走は札幌記念に出走すると発表。しかし、同レースでまさかの競走中止となり、レース後に左前第1指関節開放脱臼骨折のケガが判明した。これにより8月3日付けで平地競走での選手生命を絶たれ引退した。引退後は北海道日本ハムファイターズでトレーニングスタッフを務めている。

どうして日ハムの方を選んだのか
166 : アンタ   2024/01/26 22:06:15 ID:vKcN17qj/A
ディアドラ wikipedia
ディアドラは日本のウマ娘。2011年9月15日に札幌レース場でデビュー戦を迎え、4コーナーを曲がりきった時点で先頭を走っていたが、ゴールの直前でサイウンに交わされ2着に敗れた。その後、未勝利戦で勝ち上がり、オープンクラスに上がると、東京優駿ではクレイを差す走りを見せたが5着に敗れた。チャンピオンズカップでG1初勝利、続く高松宮記念、安田記念とG1を連続優勝し最優秀マイラーに選ばれる。翌年7月21日に行われたスプリンターズステークスでスペシャルウィークを抑えこみ勝利を挙げたが、その直後左脚屈腱炎を発症しそのまま引退となった。愛称はテーオークイーン。引退後は夫の松田大作と共に料理教室を開いている。

ちゃんとスペちゃんに勝っていて芝1200
167 : お姉さま   2024/01/30 22:53:56 ID:VD0R/b.F9Y
フラワーパーク wikipedia
フラワーパークは日本のウマ娘。ウマ娘プリティーダービーの登場キャラクター。
所属チームはマイシンクロンクル(マイザーロケットス→セントレマ)
同チームのマスコット的キャラクターのカレンチャンの妹でもある。花を愛する優しい姉とは真逆なサバサバした性格の持ち主でレースにおける心も口調も非常に粗雑で男っぽいが、姉には頭が上がらないらしいところが見られる。また面倒見がよく後輩たちからはよく姉さんと呼び慕われている他、気丈でありながら弱った一面が見える際は涙を見せたり、忘れ物をよくする事が伺える。姉に似て競争ウマ娘であり、脚質は差し、二つ名の元ネタは桜の花吹雪、散ることの代名詞でもある。レースにおいては短距離レースを得意とする。趣味は音楽を聴くこと。特技は歌うことと歌に合わせたダンスを踊れること。姉のカレンチャンと同じ花を好むのかは不明ではあるが、フラワーパークの勝負服は紫色系統の物である。

チーム名が2回も変わっているのか
168 : トレ公   2024/02/04 11:51:17 ID:erK8sKV1HY
バブルガムフェロー wikipedia
バブルガムフェローは日本のウマ娘。1993年3月24日生まれ、北海道音更町出身。身長161cm、体重48kg。血液型はAB型。得意な脚質は先行、差し。好きな食べ物は笹団子、緑茶。所持スキルは末脚、ブロックサーカス、脱出術など。
デビュー戦では白星で飾るも続くレースで全く勝てず、それでも地道なトレーニングを重ねて力を蓄える。ジャパンカップで2着の好走、G1初掲示板を掴む。年末の有馬記念ではスローペースの中、最後方から大外一気の末脚で見事差し切り優勝を果たし、GI初制覇を果たした。大阪杯勝利後のインタビューにおいて、ライバルとなるメジロラモーヌやアーモンドアイとの対戦を楽しみにしていることを表明。そして有馬記念の連覇を見据えていると語った。
トゥインクル・シリーズ通算成績:27戦6勝(内GI2勝)2着9回3着4回
現役引退後はURA職員となり、理事長秘書として指導者の道を歩む予定。

後方脚質なのに脱出術...
169 : マスター   2024/02/10 11:08:00 ID:ylSu4aNiTU
フレッシュボイス wikipedia
フレッシュボイスは日本のウマ娘。2010年3月9日出生。中長距離を中心に活躍した日本のスターウマ娘である。日本ダービーや菊花賞などの重賞を6勝。さらに、2011年のジャパンカップ優勝などの戦績がある。その後、故障で引退した経歴がある。引退後は日本にとどまり記者業に就いた。また、2020年には新進気鋭の女性トレーナーと結婚したことで話題となった。現在は育児中である。

1歳でジャパンカップ制覇...?
170 : 貴方   2024/02/14 12:51:27 ID:90Pe0yBWaI
ブロードアピール wikipedia
ブロードアピールは日本のウマ娘。現在は登録を解除しており、トレセン学園にも在籍していない。元競走ウマ娘で現役時代は1000mから2000mのレースに勝利することが何度もあり、日本のレースを盛り上げた名バだった。引退後は学園を卒業し、各地を転々としているといわれているが、本当の詳細は不明である。
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・ブロードアピールのトレーナー
トレーナー名:やみぉー
本名:不詳(トレーナーとしての名前のみ判明済み)
年齢:不詳
性格:温和で冷静沈着。おおらかな性格だが、意外と頑固なところがある。
外見:黒縁眼鏡をつけた細身の男性。どこか浮世離れしている。
趣味・特技:料理、運動全般(特にスポーツは万能でありテニスや野球においては日本代表レベルの腕前)
家族構成:両親や兄弟の存在は明らかになっていないが、時折見せる哀愁から家庭の事情があることが示唆されている。
経歴:元は有名なトレーナーの元で修業していたが、現在は独立して自分のチームを持っている。
その他特記事項:学園内では男女問わず人気が高いが、浮いた話は皆無。

トレーナーはプロ野球選手説
171 : お兄さま   2024/02/18 10:37:58 ID:HHSAeW7Nws
ロジータ wikipedia
ロジータは日本のウマ娘。2018年10月にデビューし、重賞に出走するもクラスの壁は厚くブロンズコレクターだった。しかし翌月に初勝利を果たすと続けて勝利する。移籍前の所属チームはレーヴァティンだったが契約が切れたため新チームベルディエーラに所属する。2019年に入ってからは重賞に出走できる機会が増え、2021年6月12日でオープン昇級を果たした。その後の勝率は5戦4勝と好調。重賞勝利も時間の問題と見られている。

遅咲きではある
172 : トレピッピ   2024/03/02 12:21:04 ID:/jJ7xw2N16
エスポワールシチー wikipedia
エスポワールシチーは日本のウマ娘。2008年3月にデビューした。シニア級ウマ娘との初対戦となった札幌記念で3着に入り、菊花賞でも出走し4着に入った。翌年の天皇賞(春)では7番人気ながら2着に好走する。そして有馬記念にも出走して4着になった。その後は脚部不安のために休養していたが、復帰戦の日経賞では8番人気ながら見事優勝した。その後は宝塚記念でも8番人気ながら2着に入り、続く天皇賞秋も7番人気ながら3着に入った。その後は有馬記念に出走し、8着という結果に終わった。2015年に引退。引退後は北海道の岩見沢農業高校で講師を務めている。

ドバイ遠征...どこ...
173 : トレーナーさん   2024/03/16 17:16:43 ID:8d5b/3slh6
アグネスワールド wikipedia
アグネスワールドは日本のウマ娘。主な勝ち鞍は天皇賞・秋。
勝負服の帽子には月桂樹の葉が使われている。担当するトレーナーは篠原隼輝。多彩な距離のレースを得意とする天才肌であり、クラシック期でもその実力は高く、国内外で多くのG1レースに出走した。
有馬記念では2年連続の3着。秋華賞では見事優勝を勝ち取り、ティアラ路線最後の一冠を奪取した。
また海外でのレースにも積極的に参加し、香港ヴァーズでは3着を獲得。その際のインタビューは日本でも多く取り上げられ、人気は不動のものとなった。
引退までの戦績:13戦6勝
引退後は指導者としての道を進みつつ、タレント活動も継続している。その甘いマスクと独特のキャラクターで多くのファンを魅了し続けている。

1000mより2000mが得意な感じがする
174 : アナタ   2024/03/29 23:31:50 ID:s7nh.jdjoQ
イングランディーレ wikipedia
イングランディーレは日本のウマ娘。誕生日は5月21日で、現在15歳。身長167cm、スリーサイズB85・W54・H82。鹿毛のロングヘアーを後ろで1つにまとめている。イングランディーレの勝負服は白のブラウスに黒のスカート。勝負服のデザインが、日本の伝統的な和服である着物からインスピレーションを得ている。そのためか、勝負服には帯が巻かれている。また、勝負服には左胸と左腰に刀の鞘がデザインされている。これはイングランディーレの実家に古くから伝わる短刀から採られている。
デビュー戦は4月12日、中山レース場で行われた。レースでは先行策を取り、最後の直線に入ってスパートを開始。脚色が鈍りつつあった2番手との差を一気に詰めて圧勝した。クラシックでの出走を見送ったイングランディーレだったが、南部杯でG1級競走に初出走し、好成績を収めた。続いてチャンピオンズカップに挑戦。ここでもイングランディーレは先頭でゴールし、大観衆を沸かせた。
その後もエリザベス女王杯やジャパンカップなどのG1競走を勝ち進んだ後、有馬記念に参戦した。このレースでシンボリルドルフが出走予定だったが怪我のため不在となったことで、史上初の同着優勝という劇的な結果になった。イングランディーレはその後、海外遠征を視野に入れていることを発表した。また、イングランディーレはアニメでも登場しており、その人気の高さからゲームやアプリにも登場している。

超長距離レースではあまり活躍を見せなかったのかな
175 : トレーナー君   2024/04/08 22:22:57 ID:b642wWX5wo
エアメサイア wikipedia
エアメサイアは日本のウマ娘。彼女のトレーナーのエアトニックは、メイショウドトウなど数多くの弟子を育てており、ハルウララも彼のトレーニングメニューに参加していた。また、ナイジェル・ステップことナイジンダーなど優秀なダートウマ娘を多数育てた。エアメサイアの戦績は、14戦8勝で、エリザベス女王杯2着、スプリンターズステークス3着と、現役当時に世界と互角に渡り合った名ウマ娘である。ハルウララは彼女に憧れの眼差しを向け、大親友でもあるキングヘイローも同様だが、先日こっそり相談してライバルとなったようだ。

こっそりとエアメサイアをライバル認定するキンウラ

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