【短SS「トレーナーは、どうしてトレーナーになろうと思ったんですか?」
1 : マスター   2023/02/10 19:42:30 ID:.sVjS91sAQ

 夏の太陽が勢いに陰りを見せ、秋の気配を風に感じるようになったある日の夕方、
 合同練習で何度か指導して以来、私のことを慕ってくれている子からそんな事を尋ねられた。
 私はうーん、と少し考えてから話し始める。

「そうだなぁ…色々あるけど、一番大きい理由は9月の壁を超えられなかったからかな」

 クラシック期の9月第1週は通称“9月の壁”と呼ばれている。
 過去の私のようにそのレースに出なければならない者は夏合宿を死ぬ気で頑張り、全てを掛けて走る。
 そこで負ければ事実上中央での競技生活が終わるレース、最後の未勝利戦だ。
2 : トレーナーさま   2023/02/10 19:43:41 ID:.sVjS91sAQ

 中にはその後も不利な1勝クラスに挑む者もいるが、それは勝てはしないものの何度も2着になったり、常に掲示板には入り続けたような実力のある選手だけ。
 私は幸い学園のトレーナー育成コースへの転入ができたが、ほとんどの選手は地方トレセンへの転校か障害レースへの路線変更、
 もしくは夢破れて競技から引退してしまうかだ。

「やっぱり辛かったですか? …その……」
「夢が破れた時?」

 彼女は言い淀んだ言葉を私が代弁すると、小さく頷いた。

「そうだね……今までで一番泣いたかな」

 死ぬ気で頑張って、全てを掛けて走って、それでも勝利にかすりもしなかった。
 地元では誰よりも速く走れたのに、本当の天才たちの中に放り込まれて、自分が凡人だと思い知らされた。
 
「私ね、自分でデザインした勝負服でGⅠを走るのが夢だったんだ」

 実際には体操服かバックダンサー用のライブ衣装しか身に付ける機会がなかった。
 密かに書き溜めていた勝負服のデザインノートもレースから帰ってすぐに破り捨ててしまった。
 それから泣いて、泣いて、泣いて──

「GⅠどころか1勝することすら叶わなくて、なんで分不相応な夢なんて見ちゃったんだろうって、立ち直るのにずいぶん時間が掛かったよ」
「そうなんですか……」
3 : お前   2023/02/10 19:45:04 ID:.sVjS91sAQ

 彼女は話を聞いて、まるで自分の事のように辛そうな顔をしている。

「でも、レースの世界からは離れられなかった。選手としての才能はなかったけど、やっぱり他に本気になれることがなかったし、走るだけじゃなくてレースの全部が好きだったから」
 
 レースは選手だけでは成り立たない。多くの人たちが支え合って成り立っている。
 だから、選手でなくてもレースに関わりたかったし、その中でトレーナーという立場であれば誰かの夢を直接支えられる。

「転入試験も資格を取るのも本っ当に大変だったし、楽しいことばかりじゃないけど、私は今の自分にそこそこ満足してる。一番の夢に破れてもね」

 彼女は真剣に話を聞いていた。あの時の私と同じ、真っ赤に充血した目を向けて。
4 : あなた   2023/02/10 19:45:45 ID:.sVjS91sAQ

「……貴方はもう競技に未練はないの?」

 そう尋ねると、彼女は俯いて「分かりません」と小さく答えた。正直、答えが分かっていて、その上であえて意地悪な質問をした。

「冷たい言い方になっちゃうけど、私は何もしてあげられないから、自分で決めて、としか言えないよ。
 競技を続けるのも、トレーナーや他の道を目指すのもそれぞれ別の苦労があるからね」

 競技を諦めて育成コースへの転入を目指し始めた頃、私は死ぬほど勉強した。それこそ競技を続けていた方がまだ楽だったんじゃないかと思うくらいに。
 それはトレーナー資格試験の時も、トレーナーになった今でも続いている。

「ただ、ひとつアドバイスするとしたら『自分に出来ること』が何なのかきちんと考えないといけないよ」

 そこを見誤ってしまえば、“9月の壁”と同じようにどこかで越えられない壁に突き当たるだろう。
 現にせっかくトレーナー資格を取ったのに、日々の勉強や重圧に耐えられずほんの数年で辞めてしまった同期や後輩も数多く見てきた。
 『やりたいこと』と『出来ること』がイコールで結べたら、きっと幸せな人生なんだろう。
 だけど、多くの場合はそうではないし、しかも生きていくためにお金も稼がなければいけない。
 まだ若い彼女にはお金の話を伏せるとしても、『やりたいこと』だけじゃなくて『自分に出来ること』はしっかり考えて欲しいと思った。
5 : 大将   2023/02/10 19:46:25 ID:.sVjS91sAQ


「こんな話で良かったかな?」
「はい。貴重なお話ありがとうございました」
「うん。今日話したこと、ちょっと考えてみて」
「はい、分かりました」

 そう言って深々と頭を下げた後、彼女は踵を返して元いた方へ歩いて行った。
 話し込んでいたらすっかり日は傾き、日没も間近だ。
 彼女がこれからどんな選択をするのかは分からない。出来るなら力になってあげたいし、明確な答えを示してあげたいと思う。
 それでもやっぱり私は何もしてあげられないし、“自分で決めて”としか言えないから、せめて後悔のない選択が出来るよう、夕陽に向かって歩いている彼女の背中に、そして全ての夢破れた少女たちに祈る。

 足元から伸びる影のような未練を引きずりながら、それでも光が差す方へ。
 前途洋々。視界良好、異常なし。
 貴女たちのレースはまだスターティングゲートが開いたばかりだ。
6 : 相棒   2023/02/10 19:48:45 ID:.sVjS91sAQ
https://umabbs.com/patio.cgi?read=4716&ukey=0

上のスレにあった下記の設定が面白かったので書きました

36: トレぴ 2023/02/09 13:19:22 ID:UgfsjGzgsw
未勝利バの進路
基本は競馬と同じく1勝クラスに出走、障害・地方への移籍が多いけど、トレセン学園には学業の成績優秀者に向けてトレーナー育成コースがあると予想
卒業生はそこから内部進学で提携校へ進学してトレーナー資格の取得を目指したり、学園職員として教官をやったりしてると優しい世界でいい
7 : お兄さま   2023/02/10 19:51:37 ID:JNLhXL/Qjw
なるほど良いもの読ませていただきました
8 : アネゴ   2023/02/10 22:38:38 ID:DGQWxNNnMc
よかった
9 : お兄ちゃん   2023/02/10 22:52:09 ID:LDVtRYT7oM
ええなあ。重い過去トレーナー。
10 : トレぴ   2023/02/10 23:16:56 ID:LDVtRYT7oM
よくぞ訊いてくれました!私が如何にしてこの学園にトレーナーとして在籍しているかと言うことなのですが。
それはですね。君達に恩返しをさせて頂きたくて日々奮闘しているのですよ!!
お察しの通り、私は君達ウマ娘を心から愛しています。なるべくなら君達の願いは叶えたいと考えていますし、全てのウマ娘は幸せになるべきだと考えてもいます。
ですが、残念ながら勝負の世界と言うものは極めて残酷でいじらしいもので、勝利者が居れば敗者が産まれ、敗者が産まれないようにすれば、そもそも勝負の必要性が無い!
そんなアンビバレンツな世界に身を投じる君達にここまで執心するようになったのか。それは私の幼少期にまで遡ります。
11 : ダンナ   2023/02/10 23:26:36 ID:LDVtRYT7oM
当時の私は……それはまあ可愛げの無い子供でした。
卑屈で、悲観的で。この世の全てに関心を持つこと無くこの世を去る事が、唯一にして絶対な幸福な条件だと盲信していました。
なぜそんな悲観主義の煮こごりの様な子供だったのかと言うと……まあ、少々特異な疾病に悩まされていたのですよ。
神経が硬化し、指一本動かすことさえ儘ならぬ奇病。
病名は知りません。名前なんて覚えておくのも億劫でしたからね、今となっては。
そんなわけで、私は物心ついた頃には寝たきりで他人の介助が無ければ一月も生きられない身体でした。他人を知れば知るほど、自身は如何に惨めな存在かを否応なしに自覚せざるを得ない日々は先程申し上げた通り、卑屈の極みとも言うべき少年を形成しました。
12 : あなた   2023/02/10 23:35:49 ID:LDVtRYT7oM
ある日、看護師の一人が病室に備え付けられたテレビを何の気なしにつけて、私の顔を画面を捉えられる様に動かしました。偶々昔のウマ娘のレースをやっていたのですよ。
その中で、生まれつき脚が曲がっていたウマ娘が居まして、解説者はお世辞にもあまり良い評価を下していませんでした。人気も極めて低く、野次さえ飛んでいた様な気がしました。
ゲートに入るときも、少々脚を引きずるようにしていましたので、解説者達はため息をついていました。
その表情を伺うことができなかったのが残念極まりましたね。そのウマ娘は恐るべき差し足で他のウマ娘を抜き去って栄光を手にしました。
開いた口が塞がらなかったでしょうね。ですが、実況が一分以上も黙ってしまうのは実に頂けない。
13 : トレーナーさま   2023/02/10 23:45:21 ID:LDVtRYT7oM
看護師の悲鳴に近い叫び声で我に返りました。
私の手を掴んで落涙している彼女の姿が見えました。
握りしめていたんですよ。手を!私が!胎児の様に!!
決して動くことは無いと、遠回しに匙を投げられた手が!止まっていた時が動き出すとは正に此のような事を言うのでしょうね。改めて手に集中すると、握りしめていた手は花のように開き始めました。
せっかく看護師さんが拭ってくれたのに、汗まみれになって手の平の開閉を繰り返しました。「それ」が出来てしまっている事に理解が追い付かなくて、夢なら覚めてしまう前にこの事を堪能しておこうと考え始めたとき、ウィニングライブを終えた例のウマ娘がインタビューに応えていました。
彼女も数多の試練を乗り越えて栄光を掴んだことを語り、才無き同胞達に諦めるなと叫んでいました。
「奇跡なんて存在しないから自身で起こすしかない」
貴女はそう言ってましたが、少なくとも私にはその奇跡が起こっていたのです。
14 : あなた   2023/02/10 23:53:51 ID:LDVtRYT7oM
私の環境は激変しました。
来る日も来る日もリハビリの日々。赤ん坊から何一つ進歩していなかったフィジカルを同年代のレベルまで取り戻し、あわよくば追い越そうと踠く日々でした。
総ては奇跡を起こしてくれた彼女に報いるためです。
ですので!私はこうして!トレーナーと言う教育者して君達を導こうと決意したのです!!どうか君達はターフを駆け、存分に勝利に酔い、存分に敗北に泣き、胸を張ってトレセンを去り、幸せになって頂きたいのです!!
15 : トレーナー   2023/02/10 23:55:57 ID:LDVtRYT7oM
酒の勢いで書き散らしちゃつてごめんなさい。
それくらい最初の話に心が震えました。
いつの日か見た夢に出てきた狂信者みたいなトレーナーの話です。
16 : アナタ   2023/02/11 08:26:29 ID:3738l7b776
>>1
>>10
どっちもいいね
17 : アネゴ   2023/02/13 10:03:59 ID:Akx306mi8c
いいね
競技経験のあるウマ娘トレーナーとかあの世界だとすごい需要ありそう

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