「タルマエちゃん、歯医者行くよ」
マヤノトップガンは、さっそうとした姿で、弟弟子のホッコータルマエをよく歯医者に連行していってた。真っ白な生え揃った歯への憧れはもちろん、タルマエにもある。その最たる存在であるマヤノからの誘いは有難迷惑だった。手の届かない存在なのに、いつも身近な存在でいてくれた分だけ困っていた。そして先輩にあたるアグネスデンタルやツルマルハグキらに両脇を抱えられ歯医者の待合室でマヤノといる時間は刺激的なことが多かった。
「あま治療中の記憶はないです」
タルマエはそう笑う。意外でもある。マヤノは歯科医業にも才能を発揮していた。言葉に変えられる希有なウマ娘なのに、治療論を語ったりしなかったようだ。
「それより意識が吹っ飛んでいた時間という印象です」
歯を育てるには技術論はもちろん必要だが、歯磨きの仕方を教えるのも意外と重要である。そうした“私”の時間にこそ、学びがあることが多い。高度医療の病院に行くことも、昭和の頃の虫歯にタコ糸をくくりつけ無理やり抜歯する事も課外授業でしか経験できない。そんな歯の治療を目の当たりにすることは、悪夢へとも変わる。よくよく思えば、タルマエが歯医者の看板を見るなり脱兎のごとく逃走した原点も実はそこにあったのではないか。